認識のさんぽ道

ルドルフ・シュタイナーの著作を楽しみ、 認識の小道散策へ出掛けます
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自分の小さな思いを、いちいち重視してみる/古今和歌集728

お久しぶりです
鬱状態を調整しつつ、
自分なりに、今年やりたいと思っていることに
ちょこちょこと取り組んでいます

取り組みつつ思うことは
成功すれば良いのか?ということ
いや 成功したいだけではない、ということ
成功以上を望んでいます

ネットを見ることが普通になって
何かをしようとするとき
すぐにネットで調べます
通販で物を手にすることも多くなり
交通機関が発達し、遠くに行くのも楽だし時間もかからなくなった
何事もスピーディーに成功しやすくなっている

しかし、鬱気味なせいか、その速さ、情報量、に目が回り、拒否したくなります
小さなことにも、私なりな、たっぷりな道筋を通りたい
求める中で、与えられることを感じたい
あらゆる過程での自己を発見したい
そのように感じます

関係ない色々な出来事を織り込み、
その模様がついた成果を手にしたい
あるいは、その模様を見ることのほうが
成果よりも好きなのかも

だからといって、わざわざゆっくりやったり失敗したりするのもおかしなものです
自然な成り行き・・って、意識的ではないこと?
私なりに適度に『呆然とする』『逡巡する』『妙なところにこだわる』
『わけがわからなくなる』『偶然誰かに教えてもらえる』
などなどを、大切にしながら行う・・ようにしたいと思います

そういう意味では・・
のん気な昔時間が感じられるからでしょうか
やっぱり、和歌っていいなと思います

そこで今日の歌は↓古今和歌集728

曇り日の 影としなれる 我なれば 目にこそ見えね 身をば離れず



~曇りの日の影となった私なので、目には見えなくとも、あなたの身から離れないのです~

これ、面白いと思いました
以前ここで書いた、チェット・ベイカーの歌「It's Always You」を思い出します

なぜ曇りの日の影なのでしょう?
曇りの日には、影ってどうなっていたかな

望みを絶たれ、
悲しい気持ちを抱えたまま、あなたのことを思い続ける私は
生きる影のようなものになってしまい
あなたの体に片時も離れずくっついているのです

かわいそうというより、不気味です
満たされない思いの中に、強くこもってしまい
その思いが目に見えない影となって
体にまとわりつくなんて

シュタイナーは、人間の思念が世界に対してどれだけの影響力を持っているかを
もし人間が知ったら、日々何を思うか?にもっと気をつけるようになるだろうと言っています
どんな思念を自分が発しているか(言葉ではなく)、
それに気がつく、意識を向けることは
なかなか難しいと思います

これを歌った彼は、そんな自分を案外冷徹に眺める目を持っているのですね
読んだ彼女は、目に見えない彼の気配を感じ、ぞくっとするかもしれません

「身をば」という言葉が、心というより、
むしろ皮膚にじかに張り付いてくるようでドキッとします
二人は深い関係を持ったことがあるのに
彼女はつれなくなったのかも?
それとも、片思いで、思いがつのり
いきなり「身をば離れず」と言ったのか?
「身」が、当時どんな使われ方をしていたのか気になってきます

彼の一途さが、恐ろしく
ストーカーからの脅迫のようにも思われる句なのか
あるいは、さらりと詠んだ、恋の遊戯のような歌なのか???

彼女からの返事は、どうだったのか!?

面白いでしょ?

おしまい
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Comment

編集
hasutamaさんこんばんわ
鬱、つらいですね、、、ほんとにしんどい。
私の場合は
「エネルギー喪失症」ってのがピッタリくる。
動けなくなります。風呂入るのもイヤ。
ソっとしといてほしい。
この冬はだいぶ軽症で過ごせましたが、、、
ご無理されませんように、、、。
2013年02月15日(Fri) 21:04
やっちゃんさん
編集
やっちゃんさん、有難うございます♪

鬱なのかどうなのか、お医者さんには行っていないのですけど、そうかなと思っているのです

ちょっとしたことをやるだけなのに、ばかみたいに苦になります・・それなのに、いったんやりはじめると、案外出来てしまうので不思議です
家に誰もいないことが、急にこわーく思えたりするので、以前のやっちゃんさんの記事を読ませていただいたときに、同じかなもしれないと思いました かっちゃんさんが頼れる方で羨ましいな 

でも、だいぶん調整能力がついてきました
私もね、今、苗を育てようとしています やっちゃんさんのお花の記事を見ていたので、種を一粒ずつ耳かきにのせてまきました 発芽するかどうか、楽しみです 種の力ってすごいですよね 春に向かって自然にのびていけるよう、環境を準備してあげています 

イメージするものが、いかに力をもたらしたり奪ったりするか、心が敏感になるとはっきりわかりますね 発芽する種になったつもりで、心を温めたいですねi-239

p。s。 やっちゃんさんの漫画、とっても面白かったです!!



2013年02月15日(Fri) 23:48
シロートの感想です。
編集
>その模様がついた成果を手にしたい
>あるいは、その模様を見ることのほうが
>成果よりも好きなのかも

今は、わたしもそう考えるようになりましたね。
結果も大事かもしれないが、
過程はもっと大切にして、十分楽しまなければと思います。

和歌は、このように詳しく解説されると、面白く感じますね。
確かに、「身をば」という言葉が、心というより、
むじろ皮膚にじかに張り付いてくるよう、です。

わたしは、「我なれば」という言葉に引っかかりました。
我はもうそんな精神状態になってるんだ、この気持ち、どうしてくれるんだ、
と言ってるようなニュアンスを感じます。
なにか、この愛は自己中心的のようで、ちょっと怖いです。
こういう思考をする人は、ずーっとこんな状態が持続するのだろうと思いました。
2013年02月16日(Sat) 11:14
☆バーソ☆さんへ
編集
コメントいただき、ありがとうございます♪

ほんと!「我ならば」に、「我はもうそんな精神状態になってるんだ、この気持ち、どうしてくれるんだ」・・なこわさ、ありますね! 押し付けがましいし、自己中だし・・ それだけ彼女の魅力がすごすぎるのか・・
バーソさんのお陰で、また想像がふくらみますi-239

急いでいたら通り過ぎてしまうほど微細で、でもいったん意識を向けてみると、驚くような世界を見せてくれるもの・・を大切にしたいです バーソさんといっしょにこの歌を発見できて、嬉しく思いますi-236 
2013年02月17日(Sun) 09:13
編集
 hasutamaさん、こんばんは!
 しばらくブログ記事の更新が見られなかったので気になっていました。
 また一つ「楽しみ」が戻ってきました。


2013年02月17日(Sun) 21:51
その日暮らしさんへ
編集
わーん、そんなこと言っていただくと、はりきってしまいますi-228
つまらないことがきっかけで
なんだかフリーズしてしまいましたi-201
もしかしたら、塩のせいかなi-229
錬金術の世界では、言葉は象徴的に使われていたようです
塩と言う時は、結晶化、固化の作用を指す・・とか
魂を、あると考えて、その固化の作用を塩→概念の形成・・とすると、
その反対に、解き放つ作用もあるはずです
それはどんな物質名で言われていたのか・・
温度も関係してきそうです
魂が凍る、温められる・・
その日暮らしさんの言葉でぬくぬくとなって、また自由に動き回れそうですi-239









i-201
2013年02月19日(Tue) 09:16












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プロフィール

hasutama

Author:hasutama
神秘学徒hasutamaです・・なんてほんとうは、ただのおばさんです
シュタイナーの著作を読むこと、愛犬をかわいがること、音楽にかかわること、お庭仕事、友人とカフェでおしゃべりすることなどを楽しんでいます

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