認識のさんぽ道

ルドルフ・シュタイナーの著作を楽しみ、 認識の小道散策へ出掛けます
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心の奥底のフォルメン・・

なんだかぼんやりとすごしています

時々、本を読んでいて「お!」と思ったときだけ、
意識がはっきりする気がします

今日意識が蘇った言葉↓

「シュタイナー学校のフォルメン線描」より

シュタイナーは教育について語るごとに、繰り返し繰り返し、学校の先生であれ、母親であれ、およそ教育に関わる者すべてにとっての最も基本的な、そして最も重要な姿勢について語っています。

それは、およそ教育に関わる人間は皆、唯物論的な発想を避けなければならない、ということです。
唯物論的に、子供というのは小さな動物あるいは機械であって、それが社会の中でだんだんまともな人間に成長するもの、と考えてはならない、というのです。



どんなにシュタイナー教育の方法論をたくさん知っていたとしても、もしその人の基本的な考え方が唯物論的であって、そしてシュタイナー教育というのは非常に有効性を持っているらしいから、授業にシュタイナー教育をとりいれてみよう、といった考え方でいるかぎりは、シュタイナー教育のみならず、すべての教育の原点がそこで失われてしまっているのです。シュタイナーは、そのことを何度も繰り返し述べています。




フォルメン線描・・心の奥底から浮かび上がってくる形態を、どう活かすか?



唯物論、方法論、経験論・・よりも先に、子ども自身の内部感覚、直感への絶対的な信頼があるというのは面白いと思う。
もしこの順番が逆なら、行き着くところ個人の価値は社会的に役に立つ立たないとイコールとなって、お国のために死ぬのが一番価値があるということにまで悪用されてしまうかもしれない。
人間の価値とは?
自分のフォルメンを知りたくなった

        
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Comment

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コンニチワ!

フォルメン線描・・心の奥底から浮かび上がってくる形態を、どう活かすか?

オオー、”どう活かすか”
まさにワタシの命題ともいえます!

ソノモノをソノママ表現するというのは、
大前提で、活かせるかが命題という
事に、ワタシの場合なるのかも・・・。

活かすつまり、
どう相手のソレを引き出すか・・。
デモ次が、本丸!
引き出したものを、
いかにその相手の目の前に
さらす?さらけ出す?かなんですよね~。

さらすというのは、
認識してもらうという、
高いハードルがワタシにはあります。

でも、ワタシはそれを超えるつもりは
ありません。(笑)

超えようとすと、超えられない。
だから、超えた後に超えた事を
認識するだけで、十分です!

あっそうか!
相手も認識させるのでは、
イツカ認識したという事で、
イインデスね~。

自己完結してしまいました~。
スイマセン。

hasutamaサマの
解説のほうが、わかりやすいです。
助かります。
アリガトウゴザイマシタ!

2013年01月12日(Sat) 08:47
編集
こんにちは。

シュタイナーについては、名前しか知らず、詳しいことは知りませんが、(書かれているシュタイナーとはあまり関係のないコメントになってしまいますが)

>唯物論的に、子供というのは小さな動物あるいは機械であって、それが社会の中でだんだんまともな人間に成長するもの、と考えてはならない、

というのは、本当にその通りだと思います。
以前読んだ本にも同じようなことが書かれていました。
「子供は徐々に成長して人間になっていくのではなく、生まれた時からもう人間なのだ」というような感じのことが。

でも、もしかしたら、そういう認識がないから、子供への理不尽な暴力がまかり通るのでしょうか。
子供の力をちゃんと引き出す教育をして欲しいですね。
2013年01月12日(Sat) 16:21
編集
うんうん。私も、

『唯物論的に、子供というのは小さな動物あるいは機械であって、
それが社会の中でだんだんまともな人間に成長するもの、と考えてはならない』

というところに激しく反応いたします。^^
私も、子供を半人前の大人、4分の1人前の大人、…と見るような
子供観に疑問を持ちます。
幼児の直感力など見ているとすごいです。
むしろオトナこそが退化していっているという側面さえ多いのでは。
飢えに苦しむアフリカの子供たちの、涙を溜めたあの眼!
あの眼はこの世の悲しみのすべてを既に知っている眼です。
それは敷衍して言えば、人間だけでなく、すべての生きものが
生来持つ直感力なのだろうと思います。
犬の悲しそうな眼!福島に置き去りにされた牛たちの眼!
きっと私たちには見えないし見ようとしないから知らないだけで、
蚊やなんかだって、そんな眼をしてるんだろうなあ…

『もしこの順番が逆なら、行き着くところ個人の価値は
社会的に役に立つ立たないとイコールとなって、お国のために死ぬのが
一番価値があるということにまで悪用されてしまうかもしれない』

本当に!その通りですね!

2013年01月13日(Sun) 10:43
なりびとさんへ
編集
おいで下さり、ありがとうございます!

なりびとさんのお陰で、あらためてフォルメン線描に興味がわきました

教育は、方法論を言う前に、持って生まれた魂のありのままの姿、そのそれぞれの有り様を尊重する、発見することからはじまるという、そういうスタンスは、漠然と感じていてもまだはっきり言葉にした事が無かったので、嬉しく思いました(^▽^)これは、なりびとさんが表現されていることと主旨が一致していますよね?

なりびとさんは、どのようにしてそんな素晴らしいことに気づかれたのでしょう?
自分本来の素晴らしい形が、私自身の中にあるんだ!そう思うだけでも、魂は喜んでキラキラ、グルグルと、踊ってしまう気がします 日々の様々な外界の印象に翻弄され、魂がしょんぼりとしぼんでしまうことがあります しかし目を閉じて、静かに「形」に意識を凝らし、自分を響かせることが出来たら・・いつも原点にもどって、毎日生まれることが出来るのかも!?

今年は自分のフォルメンに意識を持ってみて、それを具体的にどう響かせることが出来るのか?・・テーマにしてみたいです ちょっとうつ気味で、難しいのですけど・・だからこそ、そこから力をもらいたいです
あるいは、自分のフォルメンを整える・・なんてことも必要なのでしょうかね?

興味を持続し、もっと理解を深めたいです なりびとさん、頼りにしていま~す♪

2013年01月13日(Sun) 21:55
愛希穂 さんへ
編集
コメントありがとうございます(^^

教育は人間をどうとらえているかということからはじまるとすると、国が行う教育は、国中心の考えになっていないのか?かけがいのない、たった一人の人間として子どもを見るのかどうか?気になりますね

子どもは、動物、機械ではなく、それぞれが神様から授かった素晴らしい本質を持って生まれて来ている・・言い方を変えれば、そういうことですね いったいどのような本質なのか?出会いに感謝し、畏敬の念を持ちつつ、見守り、育てることが出来るといいなと思います 

あと・・今話題になっている体罰ですが、複雑な気持ちを持っています 実は子どもの一人がずっと体育会系の生活をしていて、常に厳しい指導を受けてきました ところが不思議なことに、今までのところ娘は先生を慕い、自分からついて行っているいるように見えます 思うに・・もし、あえて厳しい部活に入るなら、先生の意図を子どもが理解できて、それをチームに生かせるようにしなければ、厳しさが空回りし、子どもはつらいだけになってしまうのではないかと思います  でも、そうした考えは暴力の肯定になってしまうのかなi-201 サラリーマン的な先生も多い中、こうした出来事をきっかけに、熱血先生がいなくなってしまうのもなんだか寂しい気がしてしまいます
2013年01月13日(Sun) 23:16
彼岸花ねえさん 
編集
あのね、彼岸花姉さん(^^
(↑こう言って話し始めてみたかった)

牛たちの目と言えば、先日「双葉から遠く離れて」という映画を見たんですけれど、牛達が置き去りにされて飢え死にしている映像があり、悲惨そのものでした 

でもたった一人、線量の高い双葉に残り、黙々と牛達の世話をする方がいらして、驚きました その行動は役に立つの?立たないの?命がけでも、そんなこと考えていないですね きっと、自分の心の奥底からの声に従ったのだろうと思います 私は、「人間」がいる!!・・と思いました

様々な状況の中でこそ、かえって自分を発見できるといいなと思いますi-100

蚊の目・・夏になったら、注目してみますi-179




 


2013年01月14日(Mon) 10:29












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Author:hasutama
神秘学徒hasutamaです・・なんてほんとうは、ただのおばさんです
シュタイナーの著作を読むこと、愛犬をかわいがること、音楽にかかわること、お庭仕事、友人とカフェでおしゃべりすることなどを楽しんでいます

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