認識のさんぽ道

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ぼーとする、自己充足する

ぼーとする時間は大事です

雨が降り、脱穀しなくてはと思っていたけど
田畑のことは天にお任せとなり
頭の中も天にお任せにしてみる

何事も理論どうりではない
解釈なんて人間が扱う以上どうにでもなるもの
情緒もあてにならない

それぞれ
都合のいいように
剣のように振り回され
あるいは甘い菓子のように
人を飼いならすのに使われる

自分の言葉だけはそうではないと
自分も含めた誰もが言うだろう

なんて思いになるとき

目を閉じ、
天にお任せな時間に浸かってみる

まだ歌を習っていた頃
習った曲の中で一番好きだったのは
ヘンデル作曲のものである

ヘンデルのこともよくは知らない私だが
今、この瞬間、ヘンデルの根本思想がわかる気がした
なぜ、彼の曲が好きなのかが
(と言っても、知っているのは「オンブラ・マイフ」と「私を泣かせてください」だけ

彼の根本思想、(あるいは当時の人の?)
それは「天にお任せ」的なものではないだろうか

全てを手に入れた人間が、木陰の究極的価値を歌い上げる(オンブラ・マイフ)
全てを失った人が、涙の運命打破力を確信している(私を泣かせてください)

この大げさで能天気な感覚が、
ヘンデルのゆったりと落ち着いたリズムで静かに血脈を打ち
音という構築物を得て実在し始め、
私と共に肉体化し、まぬけに自己充足する
その安心感

木陰の究極的価値
涙の運命打破力

これらを血脈に流し込み
自己充足できるほど
まじめにまぬけになることも時にはよいのではないか?
いや積極的にそうでありたくなる

先日畑を見に行ってみると
草のお布団の下でネギが発芽していた
小松菜やのらぼうなも双葉を広げ笑っていた
(もしあれが小松菜やのらぼうなの双葉なら
雨が降り、畑が潤う
それを想像しながら

私はぼーとする
(充電中の携帯が思い浮かぶ

おしまい











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hasutama

Author:hasutama
神秘学徒hasutamaです・・なんてほんとうは、ただのおばさんです
シュタイナーの著作を読むこと、愛犬をかわいがること、音楽にかかわること、お庭仕事、友人とカフェでおしゃべりすることなどを楽しんでいます

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