認識のさんぽ道

ルドルフ・シュタイナーの著作を楽しみ、 認識の小道散策へ出掛けます
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地球の物語と、シュタイナーの低次&高次 メモ

以下、ほとんどの方にとって、意味不明な妄想となっております
メモ的に書いています

えーと・・放射能そのものについて、
シュタイナー氏は「物質よりも低次」のものであると言う

電気は物質よりも一段低次のもので、
放射能はそれよりもさらに低次であるとのこと・・

だから、人間は、こうした低次の力が解放されるときには、
その分さらに高次な力を得るようにしなければならない・・と言う

また、彼の主著の一つに
「いかにして高次の世界を認識するか?」という題のものがある

そもそも高次、低次とは何なの?と思う

高い、低いという表現の中に、
善悪、偉い偉くないという価値判断を感じ、
それを押し付けられることに反発する

ちなみに、彼の言う霊的な世界の存在たちの「ヒエラルキー」に対しても、
やはり抵抗を感じる

ところが先日、
もしかしたら、こういうこと?と思った

尊敬する方のブログで
地球上の命の発生までの図解年表を拝見したのがきっかけで
地球の歴史は「命」を中心に考えてみると
面白い把握の仕方ができるのではないか?と思いついた

地球の始まり

命の存在できない単純に宇宙的な物質状況(低次)

命が発生できる物質的な基盤がある状況

命の成立

感覚の発生等・・省略

「情緒」は存在できない単純な感覚状態

「情緒」が発生できる感覚的基盤がある状況

「情緒」の成立

「思念」は存在できない単純な情緒状態

「思念」が発生できる情緒的基盤がある状態

「思念」の発生

「??」が存在できない単純な思念状況

「??」の発生できる思念的基盤がある状態

「??」の発生

・・・・

・・・・

「霊」の発生

霊的世界の展開(高次)

こうなっているんじゃないかしら(??)

星に対する自然科学の認識は、
観察と思考によって得られたものだが、
人間が情緒を持ったとき
人間は星を歌に読み
思念を持ったとき、その法則性を把握する
でも星の霊は、人間が霊的でなければ把握できない

星の諸法則には、ただ法則性があるというだけでなく、
その法則も含めた物語的な展開があるのかもしれないが、
人間にはその断片である法則を知ることが出来るだけで、
なぜそれがあるのか?という全体の脈絡は見えない

力は、原始的(低次)であるほど大きく、
それを利用するのなら、
人間はさらに星々の脈絡を見通せる(高次の)認識力が必要なのかもしれない

地球上の命の成立に関わる過去、
そして未来への道筋は、
地球なりの文脈を持っていて、
その盛衰を通じて行うべきことがあり、
その試みには、人間(の思念)は非常に重要なものなのかも?

戦地で死にゆく人にとって、
思いの中に存在するリリー・マルレーンが
戦地にいることよりも現実であるということ・・

その歌詞を見て心打たれたので、
私自身の心にもその現実が広がり、
私は私の思いの世界が励まされたように感じた

このことは、宇宙的な原始時代から、
命の誕生、人間の「思い」「思考」の発生までを見守ってきた地球の、
必要な未来をつくる経過に参加することなのではないか?

思いの世界を確信し、
それをさらに高度なものに洗練させていくことは、
人間の能力であり、責任でもあるのでは?
私はそんなふうに妄想を・・膨らませてみた

追記・・娘が教えてくれたヘルマン・ヘッセ「デミアン」の一節

「しるし付けられたものには、未来の形成を思い煩う責任は無かった。私達にとっては、どの宗旨も教えの教義も、あらかじめ死んでおり、無用であるように思われた。

私達がただ一つ義務として運命として感じていることは、私達のめいめいが、まったく自分自身になり、自分の中に働いている自然の芽生えを完全に正しく遇し、その心にかなうように生き、不確実な未来がもたらす一切のものに対して準備をしておくようにすることだった。」

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Comment

No title
編集
 hasutamaさん、ありがとうございます!

 敷衍して説明していただきましたので、hasutamaさんがお考えになったことについては、あらまし理解できたような気分になっています。

 ところで今、根拠のない主観的な想像の世界に入り込んでいます。

 文明の利器を象徴する電気が物質よりも一段低次のものであり、放射能はそれよりもさらに低次のものであるとのことですが、「電気が物質よりも一段低次」という考え方に興味を持ちました。

 すると、電気をつくり出そうとするもので、しかも放射能とも不可分の関係にある原発は、まさに「低次」の存在と言っていいのだろうか。その原発は経済成長を目指す上でのシンボル的存在であり、また電気は現代文明の発展の象徴的存在だから、そうしたものに一方的に依拠して生きることへのアンチテーゼと捉えることもできるのだろうか。そんな妄想が膨らみます(笑)。

 それから、低次から高次に移行するとは、物事の把握の仕方が、唯物論的な価値判断(どう言えばいいのかな?)⇒感覚⇒情緒⇒思念⇒それから「霊」へと向かうこと? しかし、「霊」とはなんだろう?

 人間においての「霊」とは、例えば、地球ならその地球をかけがえのない大切な星であると思ったりするような感情を一先ず置いておいて、ただ地球とは何かについてだけ考えることを通して対象を認識しようと試みる時に立ち現われてくる世界であると、そういうことなのか…? 

 などと、支離滅裂な妄想を楽しんでいるだけですからコメントの返事には及びません。もう少しまともなことが言えるようになるまで、放置しておいてくださいね。

 でも、面白かったです!

2012年10月12日(Fri) 23:54
星々埋める空
編集
hasutamaさん、こんばんは^^

ダークに変えられたのですね。心境の変化?でしょうか。

シュタイナーの認識論は、科学と芸術と宗教の融合だと
勝手に思っていますが、地球の長い歴史と生命について
現代人の感覚器官を退化させているのは都会型生活です。
田舎がいいという訳ではありませんが、高い山に登りますと
平地では見えなかった、星々が夜空一面に瞬いております。
その見える事実すら、見なくなり感じなくなりました。

僕もヘッセは10代の頃にいくつか読みましたけど、晩年の
ヘッセの愛にまつわる随想は、おそらく彼の中で醸成された
ものの、核心は何も変わらない内容でした。もちろん、感動
して魂の栄養を頂きましたが・・・そう、もうhasutamaさんは
お気付きで、あとはどこまで出来るか、という印象を持って
おります。

高度な文明、社会、決して妄想ではないと思いますが、今は
心のなかだけですね。思索する人は人間重量があって
好きです^^
2012年10月16日(Tue) 19:00
すーさま
編集
コメント有難う御座います

田舎暮らしにはずっと憧れているのに、いろいろなことがあって実現しそうにもありません・・i-201

農業体験は自己満足的なものに終わるのではないかと思いつつ、でもたいへん楽しんでいます 自然に触れるだけで、呼吸が変わります 知らない間に、普段の呼吸は浅くなっているのですね 先日は眩暈でふらつきながら小川町に出かけたのに、帰りには元気溌剌でした 病気療養で田舎へ・・そんな流れにならないかな

受け身なまま、妄想だけはたくましく・・そんな現状です  

(テンプレート使用不可の知らせが来て、やむをえず変更しました 読みづらくてごめんなさい!)
2012年10月16日(Tue) 23:23












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Author:hasutama
神秘学徒hasutamaです・・なんてほんとうは、ただのおばさんです
シュタイナーの著作を読むこと、愛犬をかわいがること、音楽にかかわること、お庭仕事、友人とカフェでおしゃべりすることなどを楽しんでいます

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