認識のさんぽ道

ルドルフ・シュタイナーの著作を楽しみ、 認識の小道散策へ出掛けます
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内界と外界

自分にとっての

外界と、内界

それは大きな区別だ~

でも不思議だな

自分の内は見えなくて
自分の外だけが見える

外は近くが良く見えるけど、外の外側は宇宙の果てで見ることはできない
しかし内界は外側だけが見えて、その中が見えないの

なぞなぞみたいですよね

とゆーか・・
これはほんと~~うに、
なぞなぞなのではないかな?

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Comment

あ~
編集
ほんっとに。。
なぞなぞみたいですね(o^∇^o)
2009年11月25日(Wed) 19:50
それはね、きっと・・・
編集
「見えている」という事が、どういうことを、意味するのか?だよね。だとしたら、それほど、内なる事も、その反対の外なる事も、同じじゃないかなあ。
2009年11月25日(Wed) 22:41
神秘学では(・・とシュタイナー氏が言う)
編集
内界=外界
なんだそうですけど
これはもちろん物質のことではないですよね

物質界というのは、すべてなぞなぞなのでは内界?
などと・・・

なぞなぞの中に生まれてしまった~
・・・て

相変わらずそんな調子ですi-229
2009年11月26日(Thu) 06:07
はじめまして
編集
hasutama様

 はじめまして、シュタイナーの文字に惹かれて参りました。
とは言っても、私は人智学に関する素養はぜんぜんですが、私の知り合いの学者さんがシュタイナー研究と東洋哲学を両方研究されている方で、初めて知ったのですが…

 内界=外界。
個人をその人たらしめている物と、その人の自我を通してみた世界は同一ということですよね。
人間は、自分の視野で見える世界しか見る事ができないという事でしょうか。

 ただ、それを超越する事が出来たら興味深いですよね。自分の中に存在する他個の視点で見る事が出来ても、それは本物ではなく、あくまで自我を
通した世界でしかない。それを知る為に一番手っ取り早いのは、相手に「どう見えているか」問うてみる事ですが。^^;

 しかし、死んでしまった人間の視点で、現状認識しようとすると、自我の中の他個で観るしか方法が無いですから不便ですよね。

 勉強の為に、またお邪魔させて頂きます。
2009年11月26日(Thu) 20:49
瓠洲 さま
編集
はじめまして

とても丁寧なコメントいただき、恐縮です

内界と外界のこと、実を言いますとシュタイナーの言う意味は私にはまだよくわかっていません

こんな事を言って、どんな風に感じられてしまうか心配ですが、シュタイナーは人間の内臓は太陽系の惑星に対応していると言っています

これを物質的に考えると大変腑に落ちないことと思います
ただ、彼が言うのはそれぞれの内的本質において、ということなのだと思います

個人としての話というより、人間の内界は宇宙の霊的本質を内在させているというか、宇宙の歴史全体を担っているといいますか・・話はばかでかくなっていきます

そこに、人間の責任というか道徳性というか・・なものが発生してくるということで・・あってるかな・・?

書いてて自分でもわからなくなってきます

コメントいただくと自分の曖昧な点が明らかになり、ありがたいです

ぜひぜひ、また遊びに来てくださいね♪
2009年11月26日(Thu) 22:44
ただの生体ではないんですね
編集
hasutama様

 なるほど。シュタイナーは、そう考えているんですか。マッド・サイエンティストが、人体を単なる実験生体としか見れないのとは逆の発想ですね。

 人体と、宇宙全体の法則性は共通する物であり、霊的な物を宿した媒体であると。ただの肉塊ではない理由付けを、宇宙に求めたのかもしれませんね。

 そこから尋常ではない創造性を発揮したのがシュタイナー先生の考え方なんですね。^^;

 ただ、本質的な部分を理解できれば、他の学問との共通性も出てくるかも知れませんね。

 多分、知り合いの先生も、東洋哲学に其れを見出して研究されたのだと思います。私にはサッパリですが。(笑)
2009年11月26日(Thu) 22:51
シュタイナーさん
編集
・・の考えというより、私はまだその実態がつかめないのですが、おそらく錬金術のような、「神秘学」の秘伝みたいなものがあって、そこで伝えられてきた叡智というか、そんなものをシュタイナーが教えてくれ始めたらしいです

また、さらにひいてしまう話としては、彼は自分が創出した考えなのではなくて、アーカーシャ(虚空)年代記みたいな、宇宙の叡智の集積みたいなところから宇宙の歴史の情報を受け取ったり、霊視によってものの本質を読み取ったりします

でもそれは本来誰にも出来ることで、人間にそなわっているがまだ十分活用していない感覚器官(認識力?)を研ぎ澄ますことで可能になるということらしいです

その方法が紹介されるのが、「人智」学ということで、その方法が「認識の小道」を行くということのようです

長くてすみませんi-229

・・というわけで、私はよくわからないなりにその道をせめて散歩しようと思っていますi-237

そんな軽いのりで行ける道?という気もしますけど

ほんとまだ勉強中で(多分ずっと勉強中のまま)間違っているかもしれませんi-201

まあ、たいへん理解を持ちにくい話ですので、あまり真剣に考えすぎず、楽しみたいものだと考えています
2009年11月29日(Sun) 15:31












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プロフィール

hasutama

Author:hasutama
神秘学徒hasutamaです・・なんてほんとうは、ただのおばさんです
シュタイナーの著作を読むこと、愛犬をかわいがること、音楽にかかわること、お庭仕事、友人とカフェでおしゃべりすることなどを楽しんでいます

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