認識のさんぽ道

ルドルフ・シュタイナーの著作を楽しみ、 認識の小道散策へ出掛けます
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「自由の哲学」を読みながら思ったこと・・

今、別ブログでだらだらと、シュタイナーの基本書と言われている、
「自由の哲学」を読みつつノートする、というのをやってみています

それで思ったこと

これはまったく自分を擁護するために言うのですが
私は以前より、考えているばかりで行動しない・・というのは
考えるという行為を、行動とみなしていないのだろうな・・と、
それに対して少し、違和感を感じていたのです

つまり私は、考えるという行為は、走るとか、演奏するとか、働くとか、テニスをするとか、
そういったものの一つで、実質的な、能動的な行動だと思っていたのですが
それをはっきりと意識することはできなかった

でもこの本を読んで実感したことは、この本を読むことは
土木工事に似ているということ

構築作業が忙しく、素材を組み立てるのに右往左往
なかなか汗をかく力仕事です

でもやり始めると、立体的なパズルみたいで、
言葉による概念の組み立てにはまってきました
いったい、この物質的な構築物を組み立てながらよじ登って、
どこまで行けるのだろう?
「SASUKE」みたいで、わくわくしてきます

ああ、シュタイナーは、よくこれを建てておいてくれた・・
彼にしてみれば、このような作業を行うことは
相当泥まみれな作業だったはず

このブログで何度も書いているが、
コーヒーの霊的作用は、物質的な思考であるとシュタイナーが言っていた

物質的な思考とは、どのようなものかわからなかったけど
自由の哲学は、物質的な思考方法を利用して、論旨が展開していると思う
でもこれを、今それ以上の言葉で説明することができない

この自由の哲学は、物質的な思考でも理解できるように
書き残してくれたものだという気がする
この本以外の著書は、そうではない

なぜか・・彼はこんなところまで来たの?!という、
イメージがわいてくる

完全にヘンだけど、シュタイナーって本当は、
人間じゃなかったのではないか?
そんな気がしてきた

わけのわからない話でした













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hasutama

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神秘学徒hasutamaです・・なんてほんとうは、ただのおばさんです
シュタイナーの著作を読むこと、愛犬をかわいがること、音楽にかかわること、お庭仕事、友人とカフェでおしゃべりすることなどを楽しんでいます

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