認識のさんぽ道

ルドルフ・シュタイナーの著作を楽しみ、 認識の小道散策へ出掛けます
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犀子さんと印象を咀嚼解体吸収/cafeランチ

今日は友人の犀子が誘ってくれて
お買い物に出かけました

お買い物よりも楽しいのは
彼女とおしゃべりできることです

日常で感じた微細なことを
あーでもない、こーでもないと話して
くだらないようですが
そうでもないと思います

ブレーンストーミングというのでしょうか?

不思議なことに、話しているうち
なんとなくテーマは定まってきます

今日の話を自称神秘学徒的に考えると
自我と外界の印象の関係が
どうなっているか?
について、日常の例を出して考察

外界の印象が自我に直接影響を与える場合と
外界の印象を、自我が独立した状態で扱うことが出来る場合
の違い

シュタイナー的に言うと
神経系と血液が、どういう関係にあるか?

小さな印象も、話しているうちに
その本質的な意味が見えてきて
それを言葉で明らかにすることが出来る
その過程が面白くて
不快な印象でさえ、まる味わうことの出来る飴のようです

人間の意識の働きは、外界の印象と自我との関係性によって異なり
シュタイナー氏が言うには、神秘学修行を行うものは
神経系と血液は遮断された状態となり
血液に直接働くことが出来なかった場合には、外界の印象は打ち返され
打ち返されたときはじめて、その印象の本質的な意味が開示されるとのこと

これ、言い方はたいそうめんどくさいけど
印象を友人と一緒に面白く話せれば
同じことなのではないかと?

印象があっても、それを素材として
言葉を使用することで解剖
中身の成分、構成を明らかにし
食べられるところを見つけたら
煮たり焼いたり味付けしたりしていただく

シュタイナー氏は、歯の霊的意味合いは思考であると言うが
食道とか胃とか腸とか・・なんとなくイメージわいてきます
外から受け取ったものがあったとき
それを噛み砕いて、胃液やら何やらかけてもみほぐし
腸では必要なものを吸い取り
同化できるものと排出するものをよりわけ
摂取したものは内臓を通りつつ血液となり
完全に私にとっての栄養、構成物質となります
そのようにして
「私」を保っていく

cafeでランチも食べて、おなかいっぱいで帰ってきました

また次遊ぶときまでに
料理素材集めて
行きたいcafeもみつけておこうっと

犀子ってサイコ~





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hasutama

Author:hasutama
神秘学徒hasutamaです・・なんてほんとうは、ただのおばさんです
シュタイナーの著作を読むこと、愛犬をかわいがること、音楽にかかわること、お庭仕事、友人とカフェでおしゃべりすることなどを楽しんでいます

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