認識のさんぽ道

ルドルフ・シュタイナーの著作を楽しみ、 認識の小道散策へ出掛けます
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最終状態の不可能性 / 渦巻きの向こう

バタイユさん 「宗教の理論」からの hasutama NOTE

不可能性の原則は、
どんな哲学をも限界付けている

哲学は、はじめから、ある一つの分解できないような要請に応えている

哲学が喚起する問いに対する応答と独立して「存在する」ことは出来ない

哲学の応えは、哲学的な作業や探索の結果ではありえず
次のことを所与のものとして前提としている

・個人的な立場を重んじないこと
・思想が運動性に富むこと
・すべての運動に思想が開かれ、可動的であること

自己満足せず未完了であることが、
応えに結びつけられている

というか、
むしろそれが応えと同質で不可分である

思想の移動する領域を、
科学者が行うように、枠付けられた範囲に限定しなければ、
獲得された認識を十全に同化し、吸収するのは不可能である

このことは思想の本質的な未完了に、事実として避けようのない未完了を付け加える

個人の思想というものはあり得ず

思想の実践的営為は、
個人的なパースペクティブを拒むこと以外の出口を持つこともあり得ない

未完了は、応えに「不可能なことの叫び」という真実を授ける


・恣意的=気ままで自分勝手なさま 論理的な必然性がなく、思うままにふるまうさま

・所与=他から与えられること また、そのもの
    哲学で、思考の働きに先立ち、意識に直接与えられている内容

・パースペクティブ=観点、見地

書くことの不可能性という可能性 by 神田浩一氏

↑今のところバタイユ氏に対し、たいへん共感しています
彼は面白い人です 
渦巻きの先の世界でいっしょに遊ぶ仲間を見つけたような気持ちです

追記

考えてみたいのは最後の

未完了は、応えに「不可能なことの叫び」という真実を授ける




応える

叫ぶ

授ける

の主語は?

なぜ「叫ぶ」必要があるのか?














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Comment

編集
突然申し訳ありません。

興味深いこの記事
「最終状態の不可能性 / 渦巻きの向こう」を
当方のブログで使わせていただきます。
 
事後報告となって申し訳ありません。
2012年07月03日(Tue) 17:38
kapppamamaさま
編集
お知らせいただき恐縮です!

もちろん全然OKです
そうは言ってもほとんどが引用ですけれどi-201

思想は堪能すべきもの・・と
バタイユ入門の酒井健さんが(この本は読んでいません)おっしゃっていますね 
私にはすご-く難解ですが、少しずつ堪能できればと思います

記事を楽しみにしています 


2012年07月03日(Tue) 18:13












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プロフィール

hasutama

Author:hasutama
神秘学徒hasutamaです・・なんてほんとうは、ただのおばさんです
シュタイナーの著作を読むこと、愛犬をかわいがること、音楽にかかわること、お庭仕事、友人とカフェでおしゃべりすることなどを楽しんでいます

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