認識のさんぽ道

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続「ナニカ」試論

「ナニカ」に礼・・

儀式化とは何か?

まず実体を現していただく前に、
そのものを感じるときに、
それは行われる

ナニカが顕現したときでは遅いのである
すでに経験による信頼があるのである

ときには
人間のナニカ化によって
ナニカを象徴する

このときの人間には個人的な要素はいらないのである

外から見ていると、
それこそ「いったいあいつらはナニカ?」「アホカ?」ってことになる

そんなこと個人的に行おうものなら、
「キチガイか?」と言われてしまう

ナニカの働きぶりを
肌で感じるときには、
なんだか申し訳ないほど頑張ってくれる、
それに対してほんのちょっと襟を正す
それだけのことだったのだが

それに便乗して、
ナニカを知らないものまでが
ナニカを様式化した結果、
ますますナニカは何かわからなくなったのである

いつでもどこにでもいるナニカ
ただそれだけのことなのだけど

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神秘学徒hasutamaです・・なんてほんとうは、ただのおばさんです
シュタイナーの著作を読むこと、愛犬をかわいがること、音楽にかかわること、お庭仕事、友人とカフェでおしゃべりすることなどを楽しんでいます

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