認識のさんぽ道

ルドルフ・シュタイナーの著作を楽しみ、 認識の小道散策へ出掛けます
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バタイユと、岡本太郎さんの迷宮 / 「ノン」

ゴールデンウィーク・・

どこにも行っていません

どこかに行ったことにしよう
どこに行こう?
ということで、昨日は川崎市の生田緑地内にある、
岡本太郎美術館に出かけました

岡本太郎さんは絵も文章も好きです
ついでに言うと、横尾忠則さんもファンです
しかし、なぜ好きなのか?と考えてみたことはありません

岡本太郎さんはフランス時代、
バタイユさんと親交があったそうで
そう言われてみれば、なるほどと思うところがあります

バタイユさんの小説に「眼球譚」というのがあり、
尊敬するkappamamaさんのブログで紹介くださっていたので
興味を持って読んでみましたところ・・
これはちょっと
貞淑な奥さんであります(?)私にとって、
どきっとするようなエログロの極致です!
しかし・・ここまでやりきれば、逆に「爽やか」とも言え、
可笑しくなってきます

友人の死体で発情したり
女性の秘部に、くり貫いた牛の目玉をはめて興奮したりと
原始的エロースの祭典なのです

そー言えば、
太郎さんの作品も、原始的なエネルギーが脈絡無く元気にほとばしり、
何にでも「眼玉」をつけるところ、似ています

頭でっかちだと生命が薄まってしまう
本来の勢いをとりもどそう!
眼玉が、おしりについていたって、いいじゃないか!?
そんな感じでしょうか?

岡本太郎美術館では、折りしも「迷宮」をテーマに展示が行われていました

迷宮にまつわる、彼の言葉から、
バタイユさんとのつながりも見えてきそうです

 私は生きている瞬間瞬間、迷宮のなかをくぐり抜けている思いだ。
 目の前が突然明るくひろがり、原色がギラギラと輝く。とたんに、真暗に閉ざされてしまう。いったい私は前に向かって歩いているのだろうか。あるいは、後に引きずられ、無限に落下しているのではないか。私の目前、そして全身をとりまいた世界がぐるぐる回っている。うれしいような、そしていいようのない苦しさ。
 自分は世界に向かってひらいている、と同時に、闇の中で血だらけだ。

 己のまわりを時空が転動しながら迷宮の世界がひらける。つまり、自分自身が運命を賭けて、予想を超えたラビリンスを無限に創造してゆくのだ。
 ・・・ ところで、人間は現実に誰でもが瞬間瞬間運命の岐路に立たされている。目の前にさまざまな別れ道。そのいくつかの筋のどれを選ぼうか?いったいどの道を行くべきか ― 瞬間瞬間にとまどう。立ち止まったり、後に戻ったり・・・・・。希望と恐怖。
 道を己で判断し、決意しなければならない。恐ろしい筋、安全な筋・・・・・この人生のなかではほとんど誰でもが危険のない道を選ぶ。それがモラルであると一般的には考えられている。だが、危険な道こそ無限な夢なのである。安全を願ってそれを避けてしまうと、すばらしい幻想的な迷宮はひらかない。空しい。

 しかし、そんな迷宮に、なぜ人は入ってゆくのか。その 『死』 の世界のなかにこそ自己を閉じこめ、そして、自分の運命を凝視する。生きるものが死に直面するとき、生命は沸きあがってくる。死への恐怖心があるからこそ、生命は燃えあがるのだ。だから 『死』 が凶であると同時にまた、清らかに神聖視されるのだ。つまり、『生・即・死』 であり、『死・即・生』 なのだ。

 古代は、運命である迷宮と、現実生活の場の迷宮、いわば精神と自然が確かにからみあっていた。だが、現代の社会では、人は、巨大なシステムにただ機械的にふり回され、ふみ迷っているのだ。本当に生きる筋を見失い、意識的または無意識的に自己を失い、絶望的に生きている。その状況は、単に、むなしい混乱で、迷宮とはいえない。なれあい、ごまかしあい、これが今の社会。自己喪失のただの精神的混乱状況である。だから、他をも判断できないし、自己をも確認できない。お互いに自他を無責任にほうり出して、おあずけにしてしまっている。



ふ~む・・
内容がシンプルで、決然と言い切るところが魅力的です

実際私が、このように生きるとしたらどういうことなのだろう?
4号機次第では死に直面・・そこで生が湧き上がる・・
ん?そういうこととは違う?
確かに、大変なときに力が湧きあがるというのはありますよね
生命を確認するというか・・

思うに、こういうのが好きな人は、シュタイナーの四つの気質で言えば、
胆汁質の人ではないだろうか?
自我の働きの強いタイプで、
困難に挑むことで燃え上がり、自己確認するのが嬉しい

生命を確認するにも、世界と交流するにも
私自身はこれとは違った方法が好きだと思うけど
今うまく説明することが出来ない

天気も不思議でした

行きは、駅から美術館のある生田緑地に向かって歩いたのですが
朝、家を出る頃は雨模様だったのに、向ヶ丘遊園の駅を降りると、
カッと晴れ上がって太陽の光が眩しく、暑いぐらいでした
ところが、美術館をひと通り見終わって外に出ようとすると、
ものすごい雷雨

太郎さんなりの歓迎か・・?

どの作品が一番好きだったか教えてくれないかって?
答えは・・「ノン」(=作品名)
これニーチェに捧げたい
かわいいでしょ?

太郎 ノン







関連記事

Comment

編集
恐れ入ります。こちらこそ、
いろいろ学ばせてもらっています。

バタイユに関しては、
よく最後まで読みましたね。わたしは批評作品しか読まないとおもいます(笑)。

岡本太郎氏の作品も、
ユーモラスなカンジがニーチェに似合いそうですね。

無学ゆえ、先は長いです。
世の中には、知らないことも多いですし。
ただ、原発にしても、政治にしても、学問に関しても、正邪はしっかりと見極めたいですね。
2012年05月05日(Sat) 23:36
kappamamaさま
編集
コメントありがとうございます

kappamamaさまのブログのお陰で思いもよらなかった作品に出会えてi-179
岡本太郎さんに対しても、新たな視点を発見できた気がしています

眼球譚は短編なので、すぐに読めてしまいますi-229
ヘンテコさに耐えるうち慣れてきて、どうなっちゃうのよ?と
面白く読むに至りました

小説の追記として、小説を書くに至った作家自身の悲しい人生体験が語られるのですが、
あれはバタイユ自身のものなのか・・?
そうだとすると、なんだか急に人間くさくなって、
「禁止されたものへの侵犯」の「甘美な興奮」にもけちがつく気がしました
でも逆にそれはバタイユの誠実さなのか・・(??)

認識のさんぽも迷宮続きですi-277






2012年05月06日(Sun) 11:09
編集
あの作品は 
 バタイユのリハビリです。精神科の治療の一環だったみたいですよ。梅毒で廃人になった父親へのレクイエムだったのではないかと思います。
 
 私が、バタイユの小説を読まないのは、バタイユの人間性自体には全く興味がないからです。興味があるのは思想と評論だけです。
 
 いくら短編でも、hasutamaさんのように、最後まで読みきるだけの忍耐力もないと思います。
 
 
2012年05月06日(Sun) 21:26
岡本太郎
編集
おお、岡本太郎ですね。
やっぱりhasutamaさんもお好きでしたか。
私も氏の作品も文章も大好きです。
渋谷の井の頭線の駅の横に、「明日の神話」という作品が飾ってありますが、あれもとんでもないですよ!

実は…氏は写真の腕前も半端ないのをご存知ですか?
【岡本太郎が撮った「日本」】という写真集&エッセイがあるのですが、この本は私の愛読書BEST10に入る作品です。

あと、生田緑地は懐かしい~。
昔…あの近くに溜まり場があって、夜になると友人達と楽器を持って緑地に入っては、音楽をやって遊んでいたのを思い出しました。
ありがとうございました。合掌
2012年05月06日(Sun) 21:51
kappamamaさま
編集
コメントありがとうございます

なるほど、あの小説はどちらかというと個人的な作品なのですね 
私はシュタイナーの文章や内容の、「どう考えても気が狂っているでしょう?」・・なのを読んでいるうち、逆にそういうのが好きになっちゃったのかも知れませんi-201新たな自分、発見ですi-179

実は最近、屠る、屠られる、ということに興味があるので、バタイユさんのお話をもう少し聞いてみたいです
次は評論(?)「宗教の理論」に進みますね♪

 



2012年05月06日(Sun) 23:25
うみそら居士さま
編集
うみそら居士さま
コメントありがとうございます

わー、なんだか趣味が合いますね~

実は太郎さんには助けられたことがあります
若い頃は、なぜかすごく厭世的な人だった私なのですが(今は信じられません!)、太郎さんの絵を都立美術館の地下の美術書コーナーで見たときは、あまりのエネルギーに衝撃を受け・・ハートにドドッと力がなだれ込むような気がしました シュタイナーを含め、「なんだこれは!?」に惹かれがちな人生は、あの時にはじまったのかしら・・ 写真もさっそく見てみます!

生田緑地は、ぜひもう一度ゆっくり探索したいと思いました 深い木立に囲まれて空気がおいしく、よいインスピレーションが湧いてきそうi-189 あんな素敵なところで、お仲間と一緒に音楽を楽しまれたなんてすごく羨ましいです! 雷雨のため、急いで帰ってきてしまったのが残念です 
2012年05月07日(Mon) 07:18
さもありなん
編集
音楽の好みも、精神世界の探求についてもそうですが、私もhasutamaさんとは趣味が合うと思っていました。

特に岡本太郎氏に関しては、もちろん彼は優れた芸術家でもありますが、その本当の正体は「呪術家」であり「神秘思想家」ですからね。
hasutamaさんが惹かれるのは…さもありなんという感じですね(笑)。

生田緑地の探索はぜひお薦めします。
古民家なども建っていますし、静かな東屋などもたくさんありますから、瞑想にももってこいの空間ですしね。
ありがとうございました。合掌
2012年05月07日(Mon) 10:06
編集
hasutamaさん。こんにちは。
昨日の竜巻。お宅の方は大丈夫でいらしたでしょうか。
ここ数年、竜巻などのニュースも多く、地球が変になって行ってるのかなあ
なんて思ってしまいます。いや、地球にいろいろな変動があるのは当たり前、
人間の思うようになっていた方がむしろ僥幸だったのかもしれませんが。i-241
お見舞い申し上げます。

バタイユの『眼球譚』。二見書房の函入りハードカバー。
装丁がすてきなので記事にしたことがありますが、ろくに読んでませ~ん!(汗)
2012年05月07日(Mon) 12:16
うみそら居士さま
編集
あ~、では私は虚脱した状態だったので、岡本太郎さんの呪術にかかってしまったのですねi-179

ネットで、太郎さんの呪術家としての言葉を見つけました↓

共通の価値判断が成り立たない、自分一人、自分自身にも価値判断がわからないものに賭け、貫いていかなければいけない。

共通の価値判断が成り立たない、自分一人だけにしかはたらかないマジナイ。
芸術(絵画)はそういうものであっていい。


自分自身にも価値判断がわからないものに賭け、貫く・・
これ面白いです 
jazzの場合も、瞬間瞬間にそれを行うところありますよね

一人マジナイ・・自信たっぷりに行っていけそうですi-239

ありがとうございました♪
2012年05月07日(Mon) 23:11
彼岸花さん(^^/
編集
彼岸花さん!コメント嬉しいです

最近自然現象でも「もしかして陰謀か!?」と思ってしまいます
もう日本にいるの怖い気がして・・i-202

ところが、眼球譚を読んで非人間的なものに耐性をつけるワクチン注射してみたら、少し気分が楽になりました 思いがけない効果ですi-179

現実は小説よりグロいですね 
日本は、経済戦争で原発とともに突っ込み心中するのか?過去を繰り返すのではなく、個人の人生、それぞれの人の歴史を最大限大切にする世の中へと方向転換して欲しいです・・
 
2012年05月07日(Mon) 23:42












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プロフィール

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Author:hasutama
神秘学徒hasutamaです・・なんてほんとうは、ただのおばさんです
シュタイナーの著作を読むこと、愛犬をかわいがること、音楽にかかわること、お庭仕事、友人とカフェでおしゃべりすることなどを楽しんでいます

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