認識のさんぽ道

ルドルフ・シュタイナーの著作を楽しみ、 認識の小道散策へ出掛けます
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キリスト=命の計画(??)

昨日は近所の河川敷で桜祭りがあり、
娘と犬と一緒に出かけてきました

ぼんやりと桜の木の下を歩いているとき
ふいに、あの続きがやってきました

「だからね
 こういうこと・・
 
 巨大な絶対的善が、小さな草の息吹にも流れ込んでいる

 それは・・」

ひねりが無い話ってつまらないと思うほうなのですけど・・
そのときの話は単純すぎてあほくさいぐらいなのです

「それは、ある意思、計画、があってのこと・・
命の流れには考えがあり、その叡智に貫かれている」

え~、じゃあつまり・・
地上にあるものは全てある善意の意図によって存在していて、
「命の流れの中にある叡智、意図」って、もしや「愛」ってこと?

あ!もしかしたら、
その「命の流れの中にある叡智である愛」=キリスト?って思いました
なぜかというと、
キリストは、パンやワインが自分の肉体や血だと言っています
これ、ずっと意味不明だと思っていたので

私が急に「キリスト」と言い出すことも妙でしょうが・・
実はシュタイナー思想の中で、私が一番受け入れがたいと思うのが
「キリスト衝動」「キリスト」についてです

シュタイナーの神秘学は薔薇十字の秘儀なのだそうで、
最終的に『キリスト衝動』を持つことは重要みたいです
でも私はその「キリスト」って何なのか、疑問に思います
シュタイナーは盲信を求めないところが好ましいのに、
なぜいきなりキリスト?
キリスト教徒でもないし神や宗教にそれほど思い入れも無いので、
シンプルに、キリストってどういう意味?か、知りたく思っていたのですが・・

もしかしてそういう(命を貫く意図みたいな)ことなのかな?

それなら・・どうしてその善意の計画(キリスト?)によって命を得ている人間は、
地上で利己的なことをして
力を得るために地下を掘り起こして他の生き物に迷惑をかけ、
その善意の計画を踏みにじるのでしょう?という疑問がわきます

まだ考えは続くのですが、
書くの疲れちゃったのでまたあとで
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神秘学徒hasutamaです・・なんてほんとうは、ただのおばさんです
シュタイナーの著作を読むこと、愛犬をかわいがること、音楽にかかわること、お庭仕事、友人とカフェでおしゃべりすることなどを楽しんでいます

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