認識のさんぽ道

ルドルフ・シュタイナーの著作を楽しみ、 認識の小道散策へ出掛けます
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わからないって気持ちいい!?/咽頭による受胎

答えが見つからないことは不安定なのでしょうか

日々疑問はたくさん生まれます

「わからないなー」・・「ちょっとわかった気がする」・・

しかしまた新たな疑問が生まれます

先日わかった気がしたのは

すごくわからないことを,わかりたいけどわからないな~と、
そう思っている時間がけっこう好きだ・・というか、その状態を
意外と愛しているのではないか?ということです

それでまた思いついたのは、なんかこれ女性的な状態で、
受胎を待っている人みたい

それじゃそうか!とピンと来るときは、
ナニかがナニしたときなのでしょうか!?

それで思い出したのは、シュタイナーが言っていたことの中でも
もっとも笑ってしまう話で、

「未来の人間では、喉頭が生殖器官となる」

というもの・・

また同時に、聖杯伝説の聖杯とは何か?という話の中で、

「変化した咽頭(いんとう)が聖杯と呼ばれる事になる」

としており、

「植物のがくは、無垢に太陽に向かって伸び、結実器官を太陽に向けて成長させている。

 同様に、人間は、咽頭をがく=杯として、霊的な日光に差し出す様になる」

としています

霊的な日光って・・

のどをあんぐりと開きながら霊的な日光浴???

いったい未来の人間は、喉からどんな形姿で産まれるのでしょう?

転生するのが、楽しみになってきますね~












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Comment

編集
『無知の知』みたいなもので、わからないゆえに、知ろうとするのではないでしょうか。
hasutamaさんも、知を愛する人ですね。

「未来の人間では~」は、
比喩としての表現でしょうか
バタイユ曰く、
『太陽(日光)は栄誉のイメージを示すものである。-中略-素朴な人間にとって光(日光)は、神的な存在のシンボルである。この輝きは有用なものではないが、開放感を与えてくれるものである』だそうです?

栄誉・開放感・自由を聖杯で受けること?
???
2012年03月17日(Sat) 19:27
kappamama さま(^^/
編集
コメント有難うございますi-239

コメントをいただいてまた考えてみたら、「わからなさ」というのも、どこからか与えられるもののように思いました。もし太陽光が答えであるなら、「わからなさ」は闇だろうな・・私は、どちらかというと闇の側に立って、光を受けようとする東洋的な人間なのかも?

しかしバタイユにとっては、そのようなイメージは『素朴』なのかもしれません。バタイユは名前を知っていただけで、何かカッコいいことを言った人という印象でしたが、ちょっぴりネット学習してみたところ・・彼は安易に光を神格化するような受動的な人ではなく、どちらかというと闇を見つめる光であるような人ではないか?と思いましたi-190 今ちょうど、西洋的な光とは何だろう?と思っていたところだったので、バタイユのあり方はすごく参考になりそうです。

人は、闇と同化して光を受け入れる、光の側に立ち闇を見つめる・・色々な立場を取り得るのかもしれませんね?う~む、その全体性を見つめることができるときには、いったい人間はどのようなものなのか?考えれば考えるほど、楽しくなってきますi-179

ドストエフスキーの「地下室の手記」からの抜粋を拝読しましたi-239人間は「今の形の人間」であることから、さらに洗練されると仮定すると、ドストエフスキーさんが望んだように思考から産まれるような何物かになり得るのかも?シュタイナーはとんでもなく長い先の未来について言うこともあるので、彼の思っている宇宙進化の中で、地球ののちの木星かウルカヌス星i-229における「人間」はそのようなものだと、比喩でなく大真面目に言っているのだと思います。

色々な知的刺激を下さり、有難うございましたi-239
2012年03月18日(Sun) 17:05
編集
ありがとうございます。

バタイユに関しては、hasutamaさんの仰るとおりで、上記の引用は簡略化しています。

未開民族に共通する意識として太陽の潤沢な光を栄誉ある贈与・消費のイメージとしていることを取り上げているようです。

それに対比して、生贄や人身御供のような供犠、すなわち自己の贈与と
その『太陽の光の贈与』を重ね合わせて表現しているように感じました。

『呪われた部分有用性の限界』
第二節 素朴な人間が再びみいだした宇宙
からの個人的な見解による要約です。 

私もシュタイナーについて、ウィキで調べてみましたが、完全な理解には至りませんでした。
難しいです。ただ、収穫がありました。ニーチェに関する論文を書いていたようですね。

こちらこそ、いろいろ資料の紹介ありがとうございました。
2012年03月18日(Sun) 21:05
kappamama さま
編集
kappamama様のブログを、なるべく幼虫に出会わないように拝見していたのですが、だんだん慣れてきたらかわいくなってきましたi-179
様々な形態をとる昆虫ってほんとに不思議です

シュタイナーはニーチェを相当尊敬していたと思います 同時代なので晩年のニーチェをお見舞いにも行っています

私もニーチェがどちらかというと好きで、運命愛にもなぜかすごく共感します ただ、なぜそう思うのか?もうちょっと自分で納得したいと思っています

kapppamamaさんのブログでの考察が興味深く、すごく楽しみにしていますi-277
2012年03月19日(Mon) 15:27
編集
そうでしたか。幼虫は今後控えます(苦笑)

シュタイナーが、
ニーチェの見舞いにいっていたとは、知りませんでした。

シュタイナーの著作も読んで見て見ます。
2012年03月22日(Thu) 07:11
kappamama さま
編集
幼虫のことは、もう大丈夫です!
地下室の手記で、紹介してくださっていた「本が無ければ裸・・」という表現のところ、ふと地下の彼は幼虫みたいに思われてイメージが膨らみました
幼虫は、何をきっかけに変態するのか?光かな?kappamamaさんのブログを探索させていただこうと思いますi-236
2012年03月23日(Fri) 07:17












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プロフィール

hasutama

Author:hasutama
神秘学徒hasutamaです・・なんてほんとうは、ただのおばさんです
シュタイナーの著作を読むこと、愛犬をかわいがること、音楽にかかわること、お庭仕事、友人とカフェでおしゃべりすることなどを楽しんでいます

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