認識のさんぽ道

ルドルフ・シュタイナーの著作を楽しみ、 認識の小道散策へ出掛けます
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死者がやる気をなくす時

朝目覚めた瞬間に、私のまどろんでいる意識のかたわらに、
ある思考存在くんが立っていて、愚痴をこぼした

「だから同じなのよね
 派遣社員やパートの人たちと

 帰属意識が薄くなってしまってね

 魂を込めるということは・・

 立場が保障されていないんじゃ
 やる気が薄れるのはしかたがないでしょ」

ほー、ほー、とすごく納得したけど、
起きてみるとそれが何だったのかわからない

それからお風呂に入って
立ち上る湯気をながめていたら
補足の説明がダウンロードされてきた

でもイメージの形だったので
うまく人間語に変換できるかな・・?

え~

まず前提として
シュタイナーの、原子力利用に関する話がある

電気というのは、光を押しつぶし、この世界よりも低次の力を解放したもの
原子力は、もっと強く押しつぶして、さらに低次の力を解放するもの
ということらしく

人間が低次の力を解放することで
地球そのものを支えている力は、結束よりも崩壊へ向かうと彼は言う

では、崩壊の力の反対に、地球を支えている力って?
それは死者たちの力だそうで
私達が眠っているときの意識も、そこに属しているらしく・・


意味不すぎるが、気を取り直して想像してみるに・・

その力は、「物質」を押しつぶしたもの(低次の物質)の反対で
精神的エッセンスを抽出したものではないだろうか?
それも、広い意味での「物質」(高次の物質)なのかもしれないが
その、高次に属する物質は、
あるまとまったイメージや概念という形で存在するのではないかと私は想像している
イコール「死者」ということ
(だって、死んだ人の死体そのものを、死者とは言わないでしょう?
 それならば、その精神的エッセンス=死者であるから・・)

イメージや概念(=死者)を利用して
都合よくパート労働させて、身分を保証しないから
それらは物との関わりがパートタイム的に薄れてしまったと訴えていた

人間は、それを利用するだけなので、
そちらの側では、気持ちを込めてやってきたことも
ついついいい加減になるし、たまには仕事を放り出したくなる

ついには全部、投げ出してしまおうか?と
思うこともあるのだという・・

死者たちの入魂が減り、「物」が薄くなっている
ついには消えてしまう

そんなこと・・
本当にあるのだろうか?

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Comment

編集
はじめまして、
シュタイナーのことは、わかりませんが、
『死者たちの力』と翻訳されている箇所は、
ギリシャ哲学で言うところの“Psyche”プシュケー
のことではないでしょうか?
日本語の『霊』や『魂』にちかい意味ですが、
英語にも日本語にもない意味を含んでいるそうです。
2012年02月28日(Tue) 23:19
kappamamaさま
編集
コメント有難うございます ♪

なるほど!プシュケー・・という語感も、
浮き輪を膨らますときの息のような(それは「プシュー」ですかね?)、
存在の息吹を付与するものを想像させます 
風船のように丸い地球・・空気が抜けてしまうのか・・  
面白いですね、もし固体が虚空に支えられているのだとしたらi-239
2012年02月29日(Wed) 11:28












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プロフィール

hasutama

Author:hasutama
神秘学徒hasutamaです・・なんてほんとうは、ただのおばさんです
シュタイナーの著作を読むこと、愛犬をかわいがること、音楽にかかわること、お庭仕事、友人とカフェでおしゃべりすることなどを楽しんでいます

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