認識のさんぽ道

ルドルフ・シュタイナーの著作を楽しみ、 認識の小道散策へ出掛けます
TOPスポンサー広告 ≫ なんとなく宇宙人間→私→自分から宇宙人間TOP認識のさんぽ ≫ なんとなく宇宙人間→私→自分から宇宙人間

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
スポンサー広告 | Comments (-) | Trackbacks (-)

なんとなく宇宙人間→私→自分から宇宙人間

お風呂で浮かんだイメージくんたち・・

宇宙は人間であって
今もそうである

しかし、名前がその幸福を断ち切る

私・・と言ったとき、私はママから離れてしまった

その後
私から山が断ち切られ
私からあなたが断ち切られる

私は自分がちっぽけなカケラのように感じて
淋しくなって走り出したの

分けられたものの意識を呼び覚ますことが
知恵の実を食べるということ

君には力がある
各々に蛇が囁く

その一番初めの分断のかなたに、でもその同一線上に今日がある
分断を崩壊と置き換えると
まるで核のエネルギーではないか?

個々のものが自意識を得る時に
持っているエネルギーが目覚め
ある衝動を持って走り始める

このエネルギーを得ることは
蛇の囁きの時点で決まっていたことなのだろうか?

なぜキリストの貼り付けが人間の原罪の贖いになるのか
今までよくわからなかったけど

十字の中心が示されるなら
崩壊への流れが反転するということなのだろうか?

原初の意識にもどることが
ただ後退することなのではなく
十牛図のように
その経過を経たものは
原初の価値を肯定する意識を持ってそこにもどる

はじめにはそれが無くて
ただ無意識に安心していたのだ
でも今は意思を持って全体に一致することを喜ぶことが出来る
そこには大きな違いがある

私・・という呪文が、このツアーの入り口なのである
しかしまだ人類はツアーから帰還していない

地球はそういう学びの舞台として用意されたのだろうか?

自分が出発地点で目指したものを物質化して目の前に見るというのは
どれだけ壮大な実験なのだろう?

ママってほんとにすごいこと考え付く人ですね~























追記

「暗い雨のなかで」

分解された人間が
ここまでたどった旅路の果に
やっぱり待っていた
この黒い死の弥撤(ミサ)
海の向こうから流れてくる
熱い物理学の雨の歌だ

──村野四郎詩集『亡羊記』
(ビキニの死の灰をうたった詩)
関連記事

Comment













非公開コメントにする
Trackback

Trackback URL

プロフィール

hasutama

Author:hasutama
神秘学徒hasutamaです・・なんてほんとうは、ただのおばさんです
シュタイナーの著作を読むこと、愛犬をかわいがること、音楽にかかわること、お庭仕事、友人とカフェでおしゃべりすることなどを楽しんでいます

FC2カウンター
FC2カウンター
現在の閲覧者数:
Powered
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。