認識のさんぽ道

ルドルフ・シュタイナーの著作を楽しみ、 認識の小道散策へ出掛けます
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心で考える(??)

心について考えていて
「必」という字を見たら面白く思った
心がたすきをかけている

インディアンの酋長は
「白人は気が狂っている」と言い
なぜかと聞くと
「彼らは頭で考えているから」と言った
では君たちは何で考えるのだ?と聞くと
「心で考える」
と言ったのだとか

シュタイナーは
まずはじめに頭にポイントを作り
それを次には喉に移動させ
それから心臓に持って行くことを奨めている

どこで考えるのか?って
考えてみるのは
それはどこで?

考えはどこかから降ってくる
それをどこでキャッチする?
私はそんな風に思っているかもしれない

感じることと考えることは
それを受ける主体の違い?
感じるとすれば、それは人間的な私で
考えをキャッチ出来るのは
宇宙的な私でなければ・・(??)

でもそれを受ける部位となると
心だとうまく行かない気がしているけど
心が私的なものと決めてしまうのは
違っているのかもしれない

言葉として矛盾するかもしれないけど
「感情が私的なものだとは限らない」
ということについて
考えてみたことは無かった

感情を蔑視することで
考えも貧しくなっていたのではないかしら?
骨皮筋衛門みたいな

私の中心点をずらしてみることで
考えがただの考えでなく
今より有機的?地球的?体を持ったもの?心的なもの?
になる可能性について
考えてみる

その可能性は面白いものだ
なぜってそれならば
考えが抽象的なものでなく
今の人間に与えられている感覚器で捉えることの出来る
地球上の物質に近づくように思うから

そうなればきっと
私はもっと「もの」たちとつながり
たくさんの声を聞くことが出来るのかもしれない?

縦の発想ではなく横のつながりを力に変えようと思うなら
考えの中心を頭から心に移動させることが必要?

武藤類子さんの言葉を
自称神秘学徒として受け止めてみたら
修行としても大事なポイントをつかめた気がして面白く思った

おしまい












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hasutama

Author:hasutama
神秘学徒hasutamaです・・なんてほんとうは、ただのおばさんです
シュタイナーの著作を読むこと、愛犬をかわいがること、音楽にかかわること、お庭仕事、友人とカフェでおしゃべりすることなどを楽しんでいます

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