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あいまいな夢からどう覚める?

3月25日に大江健三郎さんが、「ニューヨーカー」という雑誌に寄稿文を出していたそうだけど、知りませんでした
日本ではどう取り上げたのだろう?
紫のところ、特に気に入りました

「歴史は繰り返す」 大江健三郎

 偶然にも地震の前日、朝日新聞の朝刊に数日後に掲載される予定の原稿を書いていました。一九五四年のビキニ環礁の水爆実験で被爆した、私と同世代の船員についての記事です。彼の境遇を初めて耳にしたのは、十九歳の時。その後も彼は、「抑止力」神話と抑止論者の欺瞞をあばくことに人生を捧げています。思えば、大震災の前日にあの船員のことを思い出していたのは、ある種の悲しい予兆だったのでしょうか。彼はまた、原子力発電所とその危険性にも反対して闘っておられるのです。私は長いこと、日本の近代の歴史を、広島や長崎の原爆で亡くなった人、ビキニの水爆実験で被爆した人、そして原発事故の被害にあった人という三つのグループの視点から見る必要があると考えてきました。この人たちの境遇を通して日本の歴史を見つめると、悲劇は明確になります。そして今日、原子力発電所の危険は現実のものとなりました。刻一刻と状況が変わる中、事態の波及を抑えるために努力している作業員に対して敬意を表しますが、この事故がどのような形で収束を迎えようともその深刻さはあまりにも明白です。日本の歴史は新たな転換点を迎えています。いま一度、私たちは、原子力の被害にあい、苦難を生き抜く勇気を示してきた人たちの視点で、ものごとを見つめる必要があります。今回の震災から得られる教訓は、これを生き抜いた人たちが過ちを繰り返さないと決意するかどうかにかかっています。

 この震災は、日本の地震に対する脆弱性と原子力の危険性という二つの事象を劇的な形で結びつけました。前者は、この国が太古から向き合ってきた自然災害の現実です。後者は、地震や津波がもたらす被害を超える可能性をはらんだ人災です。日本はいったい、広島の悲劇から何を学んだのでしょうか。二〇〇八年に亡くなった、現代の日本の偉大な思想家の一人である加藤周一氏は、核兵器と原子力発電所について話をした時、千年前に清少納言が書いた『枕草子』の一節を引用して、「遠くて近きもの」だとしました。原子力災害は遠く、非現実的な仮説に思えるかもしれませんが、その可能性は常にとても身近なところにあるのです。日本人は、原子力を工業生産性に換算して考えるべきではありません。広島の悲劇を経済成長の見地から考えるべきではないのです。地震や津波などの自然災害と同じように、広島の経験は記憶に深く刻まれているはずです。人間が生み出した悲劇だからこそ、自然災害よりも劇的な大惨事なのです。原子力発電所を建設し、人の命を軽視するという過ちを繰り返すことは、広島の犠牲者の記憶に対する、最悪の裏切り行為です。

 日本が敗戦を迎えた当時、私は十歳でした。翌年、新憲法が公布されました。その後何年にもわたって、軍事力の放棄を含む平和主義を明記した我が国の憲法や、その後の「核兵器を持たず、作らず、持ち込まさず」という非核三原則が、戦後の日本の基本理念を正確に表現しているのか自分に問い続けました。あいにく、日本は徐々に軍事力を再配備し、六十年代の日米の密約によって米国が日本列島に核兵器を持ち込むことが可能となり、それによって非核三原則は無意味となってしまいました。しかし、戦後の日本の人道的な理想は、完全に忘れ去られたわけではありません。死者が私たちを見守り、こうした理念を尊重させているのです。そして、その人たちの記憶があることによって、政治的現実主義の名のもとに核兵器の破壊力を軽んじることができません。私たちは矛盾を抱えています。日本が米国の核の傘に守られた平和主義国家であるというその矛盾こそが、現代の日本の曖昧な立場を生み出しています。福島の原発事故がきっかけとなり、いま再び日本人が広島や長崎の犠牲者とのつながりを復活させ、原子力の危険性を認識し、核保有国が提唱する抑止力の有効性という幻想を終わらせることを願います。

 一般的に大人であると見なされる年齢の時、『われらの狂気を生き延びる道を教えよ』という小説を書きました。そして人生の終盤に差しかかった今、『後期の仕事(レイター・ワーク)』を執筆しています。今の狂気を何とか生き延びることができれば、その小説の出だしはダンテの『神曲』地獄篇の最後の一行からはじまるでしょう。--かくてこの處をいでぬ、再び諸々の星をみんとて

           健三郎さんの寄稿文ここまで

工業生産性、経済成長性の見地から見ると
それでももうかるとか
それでも効率がいいとか
それでも競争(戦争にも)に勝つ力になる
ってなる?

人間が起こした「大惨事」というより
人間のまぬけで無計画な「大犯罪」と思えます

「神曲」では地獄の次には、
煉獄(罪を浄化するところ)へ行くそうです
でもこの地獄を地獄と思う人ばかりではなく
ここに安住したい人たちもいそうです
ここはどこ?なぜここにいる?と思えれば
きっと次の世界へと向かえると思えるのですが・・

ここが現実というより、
ここもひとつの幻想を信じている場だということ
かろうじて、犠牲となった死者の思いが、私たちを守っている
そのつながりをもう一度強くすることで
今を乗り越える力を得ること

自称神秘学徒ととしては、非常に胸に響く言葉です
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Comment

No title
編集
今晩は。
大江さんと大石さんの対談が3日の日曜日に放映されていましたね。

放射線がいくらだから安全、とか言うけれど、「数字」ではないのだ、という大石さんの言葉。

国は放射線、放射能のことについて、教えてこなかった。そして、何かあったら「風評被害」と言う方向に持って行って、そのことについて考えさせないようにしてしまう、という言葉。

被爆された大石さんの言葉がとても心にずしっと響いてきました。

いつの間にか巧みに論点をすり替えられているのではないか、大石さんの言葉を聞いて、そう思わずにはいられませんでした。
2011年07月04日(Mon) 20:40
愛希穂さんへ
編集
あ~その番組見たかったです!

自分がのんきに暮らしている間にも、人生をかけて核、国のあり方の問題に関わってきた人たちがいらしたのだと思うと・・なんと言っていいのかわかりません

ネットで番組のことを調べたら、番組の中で大石さんが、福島の原発事故に関して「戦争の時も今回も本当にそれを主導した人間達が明らかにされず、誰も責任をとらず、また同じように主導的な位置で国民の上に居続ける。その責任を最近でてきた政権に全てなすりつけている。」という趣旨の発言をされていたと書かれていました ほんとに国民は、ばかにされていますね

大江さんは、沖縄で亡くなられた方たちの思いと共に、ずっと頑張ってこられた方だということを、今日図書館で読んだ本の中ではじめて知りましたi-201本当に言葉を大切にする、言葉と共に生きるというのは、そういうことなのだなと、あらためて大江さんのすごさに驚きました 「沖縄ノート」読んでみたいです

結局同じなのですね、遠くの人、誰かに罪や痛みを押し付けて、自分たちは力やお金を得る立場を保ち続ける・・それをすごーくきたないやりかた(弱者の命を踏みつけて)でやるi-227

たくさんの死者の願いに寄り添うことで、その祈りに力を得て、ほんの少しずつでも未来が切り開けますようにi-189



2011年07月04日(Mon) 22:34
独立
編集
hasutamaさん、こんばんは^^

死者の声を聞く・・・・大江さんの本は、「飼育」しか
読んだことがないのですけど、一貫していて立派です。
僕は息子たちに「日本人ではなく、僕たちは人間だよ」と
時々話します。まだ今の日本は恵まれている方ですから。
ただ、死者の声を真剣に受け止めるなら、もう“独立”しか
ないような気がします。過去の自分は死なないと、新しく
生まれることなど出来ないのでは?と思います。

アメリカから真に独立する。それには、運動が必要ですから
命を懸けることになるのでしょう。ガンジーのような指導者が
いて独立しても、その後のインドは変わっていませんけど。

覚悟をもてない大人は多いのですが^^;僕もついつい
子供を守ってしまいますし。曖昧な夢から覚めるには、独立!
しかない・・・・
2011年07月04日(Mon) 22:36
はなさかすーさんへ
編集
いつも有難うございますi-239

う~んと・・今までこうしたことに興味を持ってこなかった私などが、今、急に何か言おうとするのも変な気が・・i-201あまりにも、今までのことを知らなすぎなのです

なんとなく勘として思うのは・・今は、国というより経済的に巨大な力を持ったもの、持ち続けようとするもの?か何かが、国際的に存在して、そういうものが、人を、働き消費する、でも、ものを考えない金づるとして無力化、家畜化していくのではないかしら?とうようなことを想像します そういうものって、人なのかお金なのか何なのか・・ 

首相とか、大統領とか、政治家のように見える世界の人が世界のことを決めているのかわからない気もしますしi-201

自称神秘学徒の私としては、戦うべきは自分の内部も含めた世界に巣食うアーリマン・・吸血鬼のような・・そんなものたちかなと思っているのです(変でしょi-229

アーリマンをやっつける方法は、人間の中にある認識や判断の力をはぐくむことですi-179

シュタイナーによれば・・↓

「わたしたちが地上で獲得する健全な判断力はアーリマンにとって恐ろしいものであり、
健全な判断力のまえにアーリマンは逃げ去ります。

わたしたちが自我意識の健全な修行をとおして達成したものが、アーリマンは大嫌いなのです。」「カルマ論」より

とのことなので・・(^^

人の内面から、世界を変化させるような革命や独立を、世界は私を中心に共振するのではないかと仮定して行えたらな・・と思います 死者が本当に力を持つなら、それが可能かもしれません!?

自称神秘学徒としては、それが精一杯か・・

話の趣旨をずらしてしまったかも?ごめんなさい!





2011年07月05日(Tue) 22:06
大江健三郎さん
編集
記事もコメントも。なんとも深いページですね。
う~んと先日からうなって考え込んでいます。

経済って一体何なのでしょうね。hasutamaさんがおっしゃるように、
今の巨大なものに成長してしまったグローバル経済というものは、
これまで人間が築きあげてきた哲学体系や善悪感、などというものを
超えたところ、それから政治家それも国家元首などでさえ手の及ばないところで、
不気味に自己増殖している感じがします。
ほんと、吸血鬼のように、貧しいもの弱いものから先に生き血を絞り取る…。
オバマ大統領などを見ていると、いかに、経済界というものが
国の政治を左右して変質させてしまうかよくわかりますね。
彼は草の根からの出発。彼の心の中には、庶民の感覚があって、
就任当時の、理想に燃えた姿に、私はどれほど期待したかしれません。
しかし、?と思うようなところの芽は最初から実は見えていました。
核廃絶を言ってノーベル平和賞まで後に貰った彼が、就任当時、
原子力発電にはなぜか曖昧な態度を取り続けていた。
彼の後ろには、原子力発電業界が強力な支援者として存在する、
ということを知ったとき、ああ!と、彼の曖昧さが納得されました。
きっときっと彼は草の根の心を忘れていないと思う。
ところがアメリカ大統領でさえ、どうにもならない、ロビイストというものの力。
それがだんだん彼を変化させていってしまいました。
最初の頃の、自分の資金支援団体として電力業界がついていること、それを戸惑う
純朴な表情がだんだん失せて行き、今は歴代大統領たちと同じに、自信たっぷり、
でも凡庸な政治家になって行ってしまった気が私はしています。

オバマ大統領に例を取るまでもなく、菅総理へのものすごい与野党、経済界、
マスコミ…総力かけてのバッシング。これも、菅総理の個人的資質の問題点とか
、被災地への対応の遅さや決定的な失敗とか言った、菅下ろしの正当な理由以上に、
なにか、異様な執念をもって、菅総理を引きずり降ろそうとする意志が、
どこかで働いている気がしました。
私はそれを、3月11日12日、菅総理が東電を怒鳴りつけたということで
マスコミが『イラ菅』などという言葉を使って菅総理を面白おかしく
批難したりし始めた時から、??と思っていました。
福島原発はこれは大変なことになる!下手をすると東日本はだめになる!、
という菅さんの認識も、ちっともおかしくない。
それをなぜマスコミはこうも批判するのだろう、と奇妙に思っていた。
その頃からですね。私が直感的に、菅さんの側についたのは。

電力会社、それと利益が密接に絡み合った経済界、マスコミ、学界、政界、官僚…
その圧力のものすごさ!こんな醜悪なものが、この国を影で支配していたのか
、と、震えあがりましたね。

しかし、これらは今に始まったことではなく、戦争の前からずうっと、
政治などというものをはるかに超える存在が、常に日本には、
そして世界には存在してきたのだと思います。
それは人間の止まること無き欲望というもの。お金、出世欲、権力欲…

大江健三郎さんや大石又七さんらは、これらをまっすぐな視線で
見続けてきた方たちなのでしょうね。
大江さんは、真に日本の良心とも言える方ですね。
ずうっと前、大江さんの講演会に行ったことがあります。広い会場でしたが、
舞台の裾に大江さんが現われて、本当に『含羞』という言葉がぴったりの
笑みをかすかに頬に眼元に浮かべながら壇上にお上がりになる…。
その時にすでに、私はなにか感動で目頭が熱くなりました。
それはなにか、『人間の良心』というものが、具現化してそこにいる!、
というような、なにかいうに言われぬ清らかさを湛えた姿でしたねえ…。
大江さんが、だから、軍部が沖縄の集団自決を促した、とする、長い長い戦いは、
そして今回の福島の事故に対する言葉は、昔から少しも揺るぐことなく、
日本の良心で居続けられた大江さんの姿勢を象徴するものですね。

私もその番組見たいなあ。きっと再放送あると思うんですけれど…。
hasutama さんはいつも、柔らかい言葉で本質をついてらして
すごいなあ、と思っています。^^


ありがとう~。
2011年07月07日(Thu) 00:58
ごめんなさい。
編集
うわっ !ごめんなさい。
すごく長いコメント。自分で見てギョッ!
いつも長くてすみませ~ん。v-436
2011年07月07日(Thu) 01:04
嬉しいです♪
編集
彼岸花さん、ありがとうございます

実は、私も梔子って??
読めなかったのでしてi-201正直、熟語が入った文が、うまく書けないのi-179

彼岸花さんの文ように、理路整然と言葉が綴られいるのを読ませていただくと、なんとも快楽に近いす~っと感があり、ずっと読み続けたい気持ちですi-228長いの大歓迎!すごく得した気持ちです

オバマさんのバックには、原発屋さんがいたのですね!そーか~、それで納得するところあります やっぱり何でも小さなヒントってあるものですよね 何で?思うと、たいていは納得できるわけがあって・・

大江さんの本も、全然読んだことないのですよi-201考えてみれば、日本のことに興味持ったことが無いi-202
私の世代は、三無主義だったかな?無関心、無気力、あとなんだったか・・と名づけられたのの、私ったら代表選手です 

今でも、日本をどう考えるかというと、何も浮かんでこなくて・・国土に対しても、あまり思いが無いかもと気がついてガ~ンとなります 

確かに、はなさかすーさんがお話くださったように、「もとい!」が必要なのかもしれません 何か落っことしたままずっと来てしまったのですかね?何でそう思うかというと、今気がついたのですが、私が好きなのは、小泉八雲さんが描写した日本や、民俗学者の宮本常一さんが記している日本の「心」だなと・・そーとー昔の、日露戦争以前?女の人は自由じゃなかったのでしょうかね?

日本が、西欧に追いつこうとした、そのたどってしまった歴史の意味は何だったのか、神秘学徒的に考えてみなくちゃと思います

西欧文明は、あらかじめ決まっているストーリー性を持っているのですかね?日本はそれをまっしぐらに進んでしまって、行き着くところまで来てしまった、でももしかしたら今、西欧的な精神性の果実を、本当の意味で獲得できるのかもしれないとも思います  

なにしろ・・日本は霊的な地図では世界のてっぺんにあるらしいですから(byシュタイナー)、それどういうことなのか全然わからないのですが、富士山もあることですし、何かいいことなのかもしれないって思って・・
もしかしたら三角のお山のてっぺんの、弁証法の、背反する二条件の統合かしら?それなら・・
論理と、祈りが一つになって、自覚された精神の美しさが論理性を持って全てに反映する国になってしまうのかもしれませんね!?i-239(変な話につき合わせてごめんなさ~い)
 
2011年07月07日(Thu) 18:31












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プロフィール

hasutama

Author:hasutama
神秘学徒hasutamaです・・なんてほんとうは、ただのおばさんです
シュタイナーの著作を読むこと、愛犬をかわいがること、音楽にかかわること、お庭仕事、友人とカフェでおしゃべりすることなどを楽しんでいます

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