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「壁と卵」を読んだ

村上春樹さんのイスラエルでのスピーチを
昨日はじめて読んだ

今の自分にとって、とても励ましとなる内容だった

システムがいったん出きると
それが非人間的なものとして
人間を取り込みながら勝手に作用していく

子どもが学校に行かなかった時期があるが
そのときは学校というシステムが
子どものためにあるというより
学校そのもののためにあるという側面を
痛感させられた

個々の人間が、卵のようなものかどうか
システムが壁のように強大なものなのかどうかは
わからないと私は思うけど

なぜ人間は弱いものだと思うのだろう?
それは自明のことなのだろうか?

個々の人間は弱いのでシステムを持ちたいと思う
しかしシステムが出きると
システムを持つというより
システムに持たれてしまう
システムの中にいれば安心だと思う
願いどおりにシステムは強大になる
そして今度は
個々の人間を押しつぶすことを気にしなくなる
そのシステムを疑うことは許されなくなり
システムに対して個人が物を言うことを
不遜だと判断するようになる
システムに反対の立場をとるときには
個人が犯罪者にされてしまう
なぜってそれは、そのシステムに寄りかかる人全部に対する
冒涜、攻撃、損害であるからだ

人生、自分の命の、主人公は誰なのだろう?
持つべき強さは、外に向かってのものではなくて
自分に向かっての、主体性としての強さではないだろうか

そう考えると
あるシステムから、他のシステムに移動することだけが
重要なのではないと感じる



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Comment

No title
編集
Hasutamaさんの言葉を読んでいると、
言葉って、すごいなと思います。
素晴らしい言葉を読むと、ついつい嬉しくて
「そう思ってた!一緒一緒!!」と言いたくなるのが私の困ったところですが、
それを、流れるままに放置しておくのと、
きちんと言葉にして固定するのとでは、
ま~~~~~ったく違うものになります。

hasutamaさんがせっかく言葉にしてくださったので、
その文章、その考えに至る筋道を、自分でもたどり直して、
私も、これを「島」に仕立て上げようと思います。
いつもありがとうございます。
2011年04月04日(Mon) 06:14
こちらこそです
編集
私こそ、オキツさんの言葉はすごい!と感じています
とてもやわらかいのに、しっかりとした力を感じるのはなぜなのでしょう?

この文を書いてから、また読んでみると、あることを言えて嬉しい反面、また違った面を切り捨てている気もして来て、あーでもないこーでもないと逡巡しますi-201

村上春樹さんは、世の中の嘘を暴く方法として自分が使う小説は、これもまた「嘘」だとはっきりと自覚しつつ、でもその方法で卵をかえらせようとする・・ すごくカッコいいと思いました

シュタイナーによれば、思考のアストラル的形体は獅子なのだとか?噛み砕く強さを何に使うのか、相手に勝つために使うのかi-229 自分のとろうとする方法の性質を知っているようにしたいです
2011年04月04日(Mon) 21:55
No title
編集
こんにちは。
ブログをご訪問いただいてから、
何度かこちらの方にお邪魔させていただいています。

普段考えることの及ばなかったさまざまなことを、簡潔で親しみやすい文章でこちらに投げかけていただいているような感じがします。

村上春樹さんのスピーチ、
今の日本にぴったりの言葉ですね。

日本ではこういう本音の語り合いの場がすくなく、hasutamaさんのブログは貴重な存在だと思います。これからも、考えることの大切さを説き続けてください。
2011年04月06日(Wed) 20:19
光栄です!
編集
tulpanさん、コメント有難うございます!

何しろ「トランシルヴァニアから・・」の大ファンなので、ご訪問いただいただけで倒れそうな嬉しさですi-239

ご紹介くださっているトランシルヴァニアの方々の素朴な暮らし、ずっと受け継がれてきたもののあまりの美しさに、深く魂を揺さぶられるような、悲しいような、あたたかいような・・不思議な気持ちになります

ものを考えていくときに、もし純粋な思考の世界に入り込んでいくなら、ある思考体系はあるひとつの図案のようなものになるのではないかしら?と、思うことがあります

もしかしたら、色や形にこめられた先人の叡智が、色や模様を通じて今を生きる私たちに力をくれているのではないか?そんなふうにも感じます

とりとめがなくなってしまいましたがi-229
知性的な文と、美しい写真、いつも有難うございますi-261



2011年04月06日(Wed) 20:53
No title
編集
hasutamaさん、
純粋な思考が図案を作ったとしたならば、
フォークアートの研究も哲学のようなものですね。その土地、土地の人の思考を表す鏡のような。

私の生活に欠かせない、ハンガリー語、ハンガリー文化ですが、
もともとシベリアとヨーロッパを隔てるウラル山脈からやってきたといわれています。
10世紀に今の中央ヨーロッパにやってきてキリスト教を受容しましたが、それ以前の信仰世界や歴史などが分からないようです。

民俗学者には、フォークアートのシンボルこそ、その異教徒時代の文化を知る得る鍵だと見ている人もいました。が、今ではほとんどこれについて研究されていません。

hasutamaさんのような方がご覧になる装飾の世界。
またどんなご意見がきかれるか楽しみです。

どうぞよろしくお願いします。
2011年04月10日(Sun) 02:00
たいへん興味深いです
編集
いただいたコメントが、あまりに興味深かったので、色々なことが思い浮かび、逆に何を書いていいのかわからなくなってしまいましたi-229

アボリジニの世界や、写真家の星野道夫さんがとらえたアラスカのことも思い浮かびます

神話、昔話、シンボル・・一神教以前の世界には、たくさんの宝物がつまっているけれど、今の人間には理解することが出来なくなってしまっているように思い、たいへん興味深く思っています

現代の理性や論理性と、古代の、なんと言うか・・宇宙的、根源的な理性や論理をとらえる能力?その両方の能力を、未来の人間は持てるといいなと思います 人はまだ、自分たちが与えられているものの豊かさを、本当には理解していないのではないかと思ったり・・

フォークアートのシンボルから異教徒時代の文化を知るということ、これはそういった意味(私だけの考えですが・・)ですごく未来的な学問なのに、研究されていないことはとても残念です

tulpanさんの記事から、私がそのかわいく美しい模様たちのメッセージを解読!なんてもし出来たら、自称神秘学徒冥利に尽きるというものですが・・i-239
それにはまだまだ修行が必要ですi-201

このところ意気消沈することが多い中、tulpanさんのお言葉をいただき、また修行に励む元気がわいてきました

こちらこそ宜しくお願い致します!

2011年04月12日(Tue) 07:36












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プロフィール

hasutama

Author:hasutama
神秘学徒hasutamaです・・なんてほんとうは、ただのおばさんです
シュタイナーの著作を読むこと、愛犬をかわいがること、音楽にかかわること、お庭仕事、友人とカフェでおしゃべりすることなどを楽しんでいます

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