認識のさんぽ道

ルドルフ・シュタイナーの著作を楽しみ、 認識の小道散策へ出掛けます
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シュタイナーの言葉を吟味る ④

つづきです

面白いのは
全然一般的ではないのに、まるで自明のこととして語られる、彼の世界観です
そこに敏感になってみると、色々発見がありそうです

総体としての現実は、我々自身の主観をも含めて、まず二元性として現れる。
我々の存在そのものがそのような仕方で条件づけられている

はじめは対応する概念なしに、対象だけが与えられる。
このことは対象に基づく事柄ではなく、われわれ自身の精神構造に基づく事柄である。

どのような事物の場合にも、現実は二つの側面から考察する者の前に現われてくる。
つまり知覚と思考の両面からである。そしてこのことは、われわれ人間存在の全体的な在り方に基づいている

こうして見ると、
事物が、見る側の条件に基づいて現れていることを、すごく言いたいらしいです
事物、世界は、見る側の都合で限定されていると言うのなら
そうではない場合には、どうなるのでしょう?

もしかしたら、このことはシュタイナーとしては計算済みで、結論にそれを持って来たいから
この条件付けされた、限定的な世界の見え方について言っているのかも?
下記のような文を見ると、シュタイナーは、やっぱり結局そういうことを言いたいのだと気がつく

「神智学」から、人間の本質と認識について↓

魂の存在は自分の世界として、人間自身の内部で担われている
しかし、霊によって、外界は高次の仕方で人間に示される

外界の秘密が明かされるのは人間の内部においてであるが、
しかし、人間は霊的存在として自分の外へ出ていき、そして、事物に事物自身のことを語らせるのである
彼にとって意味のあることをではなく、事物自身にとって意味のあることを

人間は星空を見上げる 魂が受ける感動はその人間のものだ
しかし彼が思想として霊において把握する星々の永遠の諸法則は、彼にではなく、星々自身に属する

その体を通して彼は自身が知覚するところの世界に属し、
その魂を通して、彼自身の世界を構築し、
その霊を通して、この両者の及ばぬ世界が彼に啓示される


等々・・・
・・てことは、、最初の文の後半も、言い方は違うがこのことを言っているのだろうな
きっと、「自由の哲学」は一般向けに哲学として書かれたので
言葉の選び方が違うのではないだろうか

認識がこの二元性を克服するためには、
知覚内容と思考作業によって獲得された概念という両現実要素に従って
事物全体に関連を与えなければならない



でも、ここで新たに発見と言うか・・

知覚内容と思考作業によって獲得された概念
それらを現実とするような、場というか次元と言うか、
もしそれを、私流に言うなら「物語という地平」において
その物語を見つけるのは、はじめの知覚をした意識でも、その後の思考をした意識でもなく
その両方を、見渡すことの出来る意識なのであって・・

じゃあ、その三番目の意識って、「神智学」の引用文と照らし合わせると「霊」&「超感覚的認識」のことじゃない?
わ~い!それなら・・物語を見つけるのは「霊」&「超感覚的認識」なのかしら?
そしてその物語は、自分にとってのものではなくて、星なら星自身の物語が語られるということなの?

あ~、それってとっても楽しそう!!
それなら、多様なものたちの物語に、耳を傾けることが出来て嬉しい気がします





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Comment

聞く。
編集
なるほどぉ~(^^)

hasutamaさんの記事を読んでハタと思ったことがありました。

「本当の聞く」これなのではないだろうか?とです。あぁ、でもこれは私の視点ですよぉ~e-330

事物そのものに語らせる・・・、上手く言えないのですが、絵本の中の犬がしゃべっても、こどもはまったくおかしいとか、犬はじゃべらないとかそうんなふうに絵本は見ていないというか・・・。

でも、現実は犬はしゃべらないと大人は言います。
でも、でも、それって本当に現実?真実?本当?聞こえないだけでしゃべらないって決めているだけ?

なぁ~んて感じで自分の中を辿ってみると、いろんな条件づけがわんさかあるなぁ~とe-447

だから、「聞く」ってことの意味は深いというか、壮大というか、純粋というか、なんというか、あぁそうだよね!って素直に勝手にうなずいてしまいましたe-349

私はシュタイナーの文章に触れると、この世的なことに言及しながらも、でも、すごい壮大さを感じて、悩んでいたり、うずくまっていたりしている自分の心が逆にとっても物質的に感じます。

あぁ~、でもでも、hasutamaさんの記事のおかけで、私、とても善きことに気づけている?ような予感というか、そんなものを頂いていますe-349

いつもありがとございます~なんか最近、いろいろ書いてしまってすいませんe-330
2010年12月16日(Thu) 11:13
房様 ♪
編集
いつもありがとうございます!
ぜひぜひ、どんなことでも書いてくださいi-80
房さんからいただいているエネルギーのおかげで
なんとかかんとかブログが続けられている私なのですよi-228

私は、多分ほんと~にアホi-282なので
この無神経な能天気さで想像してみると・・i-179

「聞く」は、面白いのではないかと思うのですよi-194
どんなことからでも、話を聞けるなら、たとえば
今日起きた嫌な出来事からも、何が言いたかったの?と話を聞くとか
わけの分からない行動をとる人や、意地悪な人からも
ニュースの事件からも、庭に生えた草からも、それから・・
夜に見た夢や、職場での争いごと、家族との関係・・等々と
出合った全てのものから、色々聞いてみることが出来るならどうだろう?と思って・・

これ、私としては、全然まじめに取り組むべきことではないかと思っていますi-179







2010年12月16日(Thu) 18:59
お邪魔しまーす^^
編集
こんばんは^^

何だかお二人の仲に割って入るようで、少し遠慮がちになりますが、続いていますのでコメントいたしまーす。
hasutamaさんが答えを出されていますし、@房さんの『聞くこと』に集約された展開もどちらも共感いたしますので、特にありません。が、ちょこっと付け加えさせていただきますと、シュタイナーのいう「超感覚的認識」のなかに、“つながり”における大きな問いも隠されていると考えられます。
人間は究極的には個という存在だけになり、その個のなかに、認識する世界がどのようにつながっているか、また個がどこまでつながっているのか考えさせられます。ミクロ・コスモスとマクロ・コスモスのつながりを、超感覚的認識はすべて掴み取ることが出来るのか考えます。聞くことによって星の物語を楽しむことが可能になるのでしょうけど、星そのものと自己が一体化するような、共振するような魂レベルでの歓喜に近いような瞬間を得られるのは、芸術家に多いように受け止めています。シュタイナーが凄いと僕が勝手に思えることは、芸術力を万人に認めて教育体系にまで創造したところにあります。
万人が芸術家であるとしたシュタイナーの認識論は、とても愛に充ちていて、どんな環境でもどんな状況でも打破出来得る可能性に、こと混迷する現代にも通ずる実践的な哲学だと解釈しています。その脳科学的なよりよいシナプスの結合が、例えば宮沢賢治の思想性とリンクしているようにも思えてなりません。
えへっ、拙い思考力ですが、また脳トレを兼ねて、お邪魔したいと思います。寛大な心で、今後ともお付き合いのほど、よろしくお願い致しまーす^^
2010年12月16日(Thu) 23:53
はなさかすー様
編集
ありがとうございます!

皆様おねがいv-421遠慮しないで下さ~いi-282
こんなにまじめにシュタイナーの言葉に集中してみるテンション保ててるのは
ひとえに、コメントくださる方のお気持ちや、新しい視点に励ましていただけけたからですからね

でも自分のブログだからって、自分の好きな展開とか結論にしてしまって
みなさんからいただいた言葉を、どれぐらい大切に出来ているのか不安ですが・・
そのあたり、怠惰だったり、自分勝手だったりする私をどうかお許しくださいi-241

はなさかすー様の今回のコメントは、本当に重要なところにスポットライトを当ててくださったので
そこのところを私がてきとーにあつかっていて、房さんにも申し訳なかった気がしてきました
シュタイナーの言っている意味での「聞く」は、普段の聞くと同じではないのであって・・i-201

それから私は宮沢賢治さんの思想に全然うとく、それに今のところ個人的な神秘学修行にしか興味をもてないでいる(それさえも進展しない)ため、はなさかすー様のお話はアタタ!i-240なところです

これをきっかけに、ぜひそこにも視点を持ってみたいと思いました!
いろいろな角度から見ることで、はっきりしてくることがあるのはとても楽しいです
だから、またぜひ御指南おねがいしますi-235




2010年12月17日(Fri) 08:47












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プロフィール

hasutama

Author:hasutama
神秘学徒hasutamaです・・なんてほんとうは、ただのおばさんです
シュタイナーの著作を読むこと、愛犬をかわいがること、音楽にかかわること、お庭仕事、友人とカフェでおしゃべりすることなどを楽しんでいます

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