認識のさんぽ道

ルドルフ・シュタイナーの著作を楽しみ、 認識の小道散策へ出掛けます
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シュタイナーの言葉を吟味る

twitterで、その名もルドルフ・シュタイナーさんという方が、シュタイナーの言葉を自動的に次々と発信して下さっているの見つけ、嬉しくなってフォローさせていただきました

ただ、自分のシュタイナーの著作の読書にしてもそうですが、ゆっくりと立ち止まって言葉を吟味することなく、わけわからないままにどんどん言葉が流れ去ってしまうばかりだと、おーっとと待ってくれよ~って置いてけぼりにされる感じがつのり、なんだかさびしくなってきます まあ、立ち止まったところでどうなるものでもないほどにわけの分からないものもいっぱいあるし、もしかしたら、自分にとって必要な言葉はピンと来て、知らず知らず心にしみ込んでいるのかもしれないですけどね それに、読んですぐにどうこうと言うよりも、自分の人生を生きることによって、その中で彼の言葉を追認、吟味ることをシュタイナーはすすめてくれています

でも、せっかくなので、自分にとってビビッっと来たものを引用させていただき、沸いてくるイメージ捉えてみるコーナ~みたいなの、試みてみようみようかと思います
難しく考えず、正解を求めるより、イメージを楽しむ感じで、コーヒー片手に、ぼんやりとね

というわけで、今日のビビッはこれ~↓

総体としての現実は、我々自身の主観をも含めて、まず二元性として現れる。我々の存在そのものがそのような仕方で条件づけられている。認識がこの二元性を克服するためには、知覚内容と思考作業によって獲得された概念という両現実要素に従って事物全体に関連を与えなければならない。-自由の哲学-



・・っと思ったけど、流して読むと意外にすーっと染みる気がするものも、立ち止まってみるといちいちめんどくさそうな言葉くんたち~
これ先日の、自分で言った「物語という地平」のイメージに近い気がしているのだけど、今、夫が「お買い物に行こうよー」と誘うので、また帰ってきたらもう一度ゆっくりコーヒー飲みなおしながら考えてみよ~
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Comment

うん、うん!
編集
hasutamaさん、このシュタイナーの言葉、とても素晴らしいですね!

ご紹介いただいてありがとうございます。

・・・知覚内容と思考作業によって獲得された概念という両現実要素に従って事物全体に関連を与えなければならない。

ここ!ここがすごくイイe-267って感じています。

2010年12月11日(Sat) 15:30
そこ♪
編集
そう、そう、そこ!そこですよね~i-203
って、全然それ以上言葉が出てこないのですよ~i-201

ちょっと、この企画、自分には無理なのではないかと思い始めましたi-241

いつも、優しいお気持ちありがとうございますi-228
2010年12月12日(Sun) 06:49












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プロフィール

hasutama

Author:hasutama
神秘学徒hasutamaです・・なんてほんとうは、ただのおばさんです
シュタイナーの著作を読むこと、愛犬をかわいがること、音楽にかかわること、お庭仕事、友人とカフェでおしゃべりすることなどを楽しんでいます

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