認識のさんぽ道

ルドルフ・シュタイナーの著作を楽しみ、 認識の小道散策へ出掛けます
TOPスポンサー広告 ≫ 気になる言葉たちTOP未分類 ≫ 気になる言葉たち

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
スポンサー広告 | Comments (-) | Trackbacks (-)

気になる言葉たち

ブログめぐりしていて
シュタイナーの言葉で気になったのは

「芸術は神的なものそのものではなく、感性の中での神的なものなのです。
そして大切なのは、神的なものではなく、感性そのものが大切なのです。」

これどういうことなのだろう?

それから最近よく頭に浮かぶのは
ゲーテが言った

「 学問と芸術を持っている者は、同時に宗教を持っている。
  学問と芸術を持たない者は宗教をもて」

ほんとにいい加減な私なので
「学問と芸術」しているなんて言えないのだが
この言葉はとても面白いと思う

でも、これはきっとゲーテが
上に書いたシュタイナーの言葉のような「感性」を
持っていたから言えるのかもしれない

学問、芸術というスタイルの中に
生き生きとした彼の感性が働くときに
感性そのものが、しゃれではないが完成されていって
私的なものを越えて行くというか
芸術と学問には、そういう力があるのではないかと思う

今、芸術と学問していて
自分の感性の鋭敏さから
いつも、いろんなことにすごく悩んでいる次女に
このことを知らせたい気がする

「人には二つのタイプがあるんだって
 一つはドン・キホーテ型、もうひとつはファウスト型
 お母さんは、ドン・キホーテ型ね」
・・って、この前会った時言われてしまった

どーせ能天気ですよ私は・・
いや、そうではなく
「芸術と学問が、人生と宇宙に対する信頼を、育ててくれたからよ」 
・・って言ってみたりして!?
関連記事

Comment

管理人のみ閲覧できます
編集
このコメントは管理人のみ閲覧できます
2010年12月02日(Thu) 18:16
ノ (o^∇^o)。はんばんこ
編集
霊界の真似で反対にしてみました~i-236

話題がさかのぼりますが
私は、霊界では階段も裏側から昇るとか
そんなこと考えていましたよ~i-201

そう言えばシュタイナーが言っているのは
よくイメージつかめないのですが
今は、自分が宇宙を見る、点対全体、みたいな状態
でも霊界では、自分が全体となって点に向かっているみたいな?
そんなことを言っていた気がします
一回読んだ気がしても、何に書いてあったのか忘れて確認できませんi-241

えとえと・・遅ればせながら、いつも深く考えて下さり
丁寧なメッセージをありがとうございます

神道では、鏡がご神体みたいに置いてあるようですが
そのこと合点がいくというか
なかなか自分を見ることは難しいですが
何かを見たときに、そこに反射として見えてくるのは
自分だということを思っています
というか・・反応としてしか自分は存在しないような?!
ある人との出会いの中でしか、見えてこない自分の側面がありそうな
それって、相互作用かなと思います
メッセージをいただくことで、自分の中にイメージできたこと
それをまた記事にさせていただいて楽しんでいます♪

気が向いたときには、いつでも好きな形で声をかけて下さいね~

あら?これ、全然お返事になっていなくてごめんなさいi-237

2010年12月02日(Thu) 22:00
管理人のみ閲覧できます
編集
このコメントは管理人のみ閲覧できます
2010年12月03日(Fri) 18:25












非公開コメントにする
Trackback

Trackback URL

プロフィール

hasutama

Author:hasutama
神秘学徒hasutamaです・・なんてほんとうは、ただのおばさんです
シュタイナーの著作を読むこと、愛犬をかわいがること、音楽にかかわること、お庭仕事、友人とカフェでおしゃべりすることなどを楽しんでいます

FC2カウンター
FC2カウンター
現在の閲覧者数:
Powered
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。