認識のさんぽ道

ルドルフ・シュタイナーの著作を楽しみ、 認識の小道散策へ出掛けます
TOPスポンサー広告 ≫ 多様性はなぜ必要か? TOP未分類 ≫ 多様性はなぜ必要か?

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
スポンサー広告 | Comments (-) | Trackbacks (-)

多様性はなぜ必要か?

実は、ずっと気になっていたのですが
(いきなりで、すみません)
今ひとつ、多様生物共生ということの
趣旨が、自分の中で明確に出来なくて
気持ち悪く思っていました

そして今日、アマゾンに頼んでいた
星野道夫さんの「花の宇宙」という本が届き
その詩のように美しい文章を読んでいたら
これだ~!と思う表現に出会ったので
ここにメモしておきたいと思いました

以下 PHP文庫 星野道夫・著「花の宇宙」より

ぼくたちの生活の中で
一つの大切な環境というのは
人間をとりまく生物の多様性ということだろう。

それはけっして生物の世界にとどまらず
人間社会の中における
文化の多様性にもあてはめることができるのではないだろうか。

ぼくたちの考え方を刺激し
思考に豊かさと選択の機会をあたえ
ときにはぼくたちの中に存在するいろいろな問題を
解決するための方向をあたえてくれるかもしれない。

ぼくたちが健康を維持してゆくために
いろいろな食べ物が必要なように
同じことが精神の健康にも必要なのではないだろうか。

画一性、それはぼくたちの思考を鈍らせ
次第に精神の荒廃へと導いていくのかもしれない。

生物の多様性の存在は
何よりも僕たち自身をほっとさせる。
そしてぼくたちがだれなのかを教えつづけてくれる。

オオカミのことを考えながら
そんな気がしてならなかった。


以上・・

「そしてぼくたちがだれなのかを教えつづけてくれる」
心から、そうだな~!と思います

星野さんは、神話にとても興味を持っていらして
神話学者ジョセフ・キャンベルの著作にも親しんでいらしたようです
私は密かに、彼は神秘学徒の仲間だて思っています
でなければ、このような表現には至らないのではないかと・・

多様性ていうのは
「自然」そのものと言ってもいいのだろうか?

「ぼくたちの思考に豊かさと選択の機会をあたえ」

「ぼくたちの中に存在するいろいろな問題を解決するための方向をあたえ」

「僕たち自身をほっとさせ」

「ぼくたちがだれなのかを教えつづけてくれる」

それをあたりまえのこととして来て
お母さんに守られていることに気がつかない子供のようだった
お母さんに感謝の気持ちが持てたり
お母さんのことを気遣うほどには
まだ成熟していなかったのですね

多様性への畏敬
それは、うまく説明できないが
母なるもの、女性原理的なものとしての
「自然」への畏敬と言えるのではないだろうか?
父なるもの、「精神」による抽象化、統一ということに対するものとして

人間が
地球上で
お母さんのこと思いやれるほどに
少しずつ大人になれるといいと思います

多様性という言葉が
単に自然というだけでなく
ゲーテ的な自然への「まなざし」を取り戻すための
キーワードにも成り得るのではないかしら?と
そう考えるとこの言葉から展開していく未来に
とても興味が沸き、楽しみな気持ちです



関連記事

Comment













非公開コメントにする
Trackback

Trackback URL

プロフィール

hasutama

Author:hasutama
神秘学徒hasutamaです・・なんてほんとうは、ただのおばさんです
シュタイナーの著作を読むこと、愛犬をかわいがること、音楽にかかわること、お庭仕事、友人とカフェでおしゃべりすることなどを楽しんでいます

FC2カウンター
FC2カウンター
現在の閲覧者数:
Powered
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。