認識のさんぽ道

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ブログ世界と霊の体

ブログは、
普段の世界よりも
イメージだけで存在しやすいかもしれない

そこでは自分の傾向が
より自由に羽を広げることが可能で

それけっこう気持ちのいいこと

現実の世界では
そこまで自分の世界を展開しきることは
大変だし
責任も必要だし

でもその練習で
まずブログでやってみて
頭を整理してから
実際の世界でもやってみる
とか

ブログの世界というか、言葉の世界というか

表面的(物質的な)な自分は
その内実の抽象的な自分の表現形なので

内実の自分としての言葉の体が
ちゃんと存在していないと
生きていても生きている実態が無い~みたいな

言葉の体というのは
霊の体とも言えるのかも

ゲーテは
「あの世を信じないものは、この世でも死んでいる」
(正確かどうかわからない・・)
と、言っていた

それって、死んでいるとは、殻しかないということかも
あの世的な自分の実体を持たないということで

自分の霊の実態を感じ
育てて
それを生き生きと活動させたり
今、霊の自分、どんな風?的に
その姿をきちんと見たり

ブログを見ていると
人の存在も自分の存在も
現実よりも霊的な姿がはっきりしやすい気がし
その色や形や熱やを
もっと感じてみるとしたら
どんな風だろう?
というか、それを感じたり表現したりしやすいので
だからブログは楽しい
と同時にこわい
自分の変なとこ見せてしまう
(これ、私のこと
でも自由に表現してみることでしか
見えてこないことがあるので
逆に大胆にやってみたほうがいいのかも
どうせなら・・
??
朝からぼんやりと考えてみました




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hasutama

Author:hasutama
神秘学徒hasutamaです・・なんてほんとうは、ただのおばさんです
シュタイナーの著作を読むこと、愛犬をかわいがること、音楽にかかわること、お庭仕事、友人とカフェでおしゃべりすることなどを楽しんでいます

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