認識のさんぽ道

ルドルフ・シュタイナーの著作を楽しみ、 認識の小道散策へ出掛けます
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たまゆら

たぶん受身で、まわりに期待しすぎなせいなのだと思うけど
いろいろな、ほんのちょっとしたことに、しょっちゅうがっかりしている
あ、でも前みたいに「ふざけんな!」とは思わなくなって、少しは大人になった
そういう時は冷静に、自分で自分の人生に責任を持たなくてはと、神秘学徒する
世界が自分なら、内も外もないと仮定するなら
すべて自分なのかもしれないので
とりあえず、自分に向かってくる分の自分ぐらいには
目を向けてみなくてはということで

でも、心から楽しいと思えることもはっきりしてきた
それも、がっかりすることと同じぐらい、ほんとにちょっとしたことだ
人に説明してもわかってもらえないような
どうでもいいようなこと
でもその瞬間、心の中でククッと嬉しさが沸いてきて
世界がボワーンとなって、構成が変わる感じがする
その時には、何のスイッチが入るのだろう?
これは、たとえばピーターラビットに出てくるハリネズミおばさんの
針がいっぱいドレスから突き出している後姿を見たときの気持ちに似ていると思う
ふと気がついて、それから「そうそう!」と思う

だからだったのかな
何かたいそうなことがないと、充実しないというのは
私の今嬉しく思っていることとは違うので
そういう話を聞くと
なんとなく違和感感じて、でもどうしてなのかわからなかった

フランスの詩は、あまり読んだことがないけど
急に思い出して「月下の一群」という
大正14年刊行の、堀口大学の訳詩集を本棚から引っ張り出してみた

これこれ・・思い出したのは
ポール・ヴァレリーという人の詩です
前はぴんと来なかったが、今はわかる気がする

はじめのところだけ引用してみる
これフランス語で口に出来たらどんなに気持ちいいでしょう
でも、一昔前の日本語も決然としていてかっこいいです

 風神

人は見ね 人こそ知らね
ありなしの
われは匂ひぞ
風のもて来し

人は見ね 人こそ知らね
偶然かはたは鬼神か
来しと見しそのたまゆらに
業ははつる

・・・








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神秘学徒hasutamaです・・なんてほんとうは、ただのおばさんです
シュタイナーの著作を読むこと、愛犬をかわいがること、音楽にかかわること、お庭仕事、友人とカフェでおしゃべりすることなどを楽しんでいます

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