認識のさんぽ道

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アボリジニさんたちの霊性のこと

書くこと思いつかない~

今では,
本を読んでいてノートすることはめったに無い

でも以前は、よく気になった言葉をノートにメモしていたので、

それをひっぱりだしてみることにした

ヨイショ、ヨイショと・・これは?

すっかり、読んだこと忘れていた

この本は、ものすごく面白くてお薦めだが

相当好きでないと読めないかもしれない、分厚い本だった

「アボリジ二の世界」Rovert Lowlor 青土社
Awakening in the Aboriginal Dreamtime VOICES OF THE FIRST DAY より

仏教とキリスト教はいずれも個人が、超自然的な思索に耽ることや、自然と大地に結びついた中間的な霊の領域との個人的な交わりを禁じた

キリスト教は、宇宙の霊的内実を分断し、個人を超越する唯一神とその半身である息子のみに関わらせた

そしてキリスト教の教義はただ、中央集権化されたキリスト教会が任命する僧侶のみによって伝えられたのだった

イスラム教同様、仏教とキリスト教にも神秘主義を信奉する秘教的な分派が存在した

この分派は、個人の浄化や自己抑制に重きを置く立場をとらなかった

チベットのタントラ仏教や、中世の錬金術、さらにはスーフィーのデルヴィシュなどは、こうした分派である

彼らは、恍惚儀礼には欠かせない要素を温存しているのだ

仏教、キリスト教では、魂の求道者は、絶対なるものとのあいだに孤高の交わりを結ぶこととなる

祈りや瞑想に見られる、こうした「内包」過程は、アボリジニ社会に認められる霊性とは、好対照をなすものだ

これは、アボリジニの霊性が知覚を弛まず研ぎ澄ましてゆくことで、生き生きとした生活世界の局面の一つ一つを疎かにせず、それらをしっかり認識してゆくという方向に向けられているからである






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神秘学徒hasutamaです・・なんてほんとうは、ただのおばさんです
シュタイナーの著作を読むこと、愛犬をかわいがること、音楽にかかわること、お庭仕事、友人とカフェでおしゃべりすることなどを楽しんでいます

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