認識のさんぽ道

ルドルフ・シュタイナーの著作を楽しみ、 認識の小道散策へ出掛けます
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予定説と「自由の哲学」

予定説というのが、キリスト教にあるらしくて
それは
人は善行によって神の国に入れるのではない
それは生まれたときにはもう決まっていて
入れる人は何しても入れる
入れない人は何しても入れない
え~?
そんなの不公平ではないの?!と
内村鑑三さんは、すごく悩んでしまったようだ
自分はとても生まれつき入れる人に選ばれているとは思えないし
それだったらもういくら頑張ってもダメなわけで

この話には、ものすごく興味をそそられた
なぜ、予定説があるのだろう?
この説を、受け入れていない教派もあるらしい

でも、クリスチャンでもないのに考えてみると
私はこれは意味のある説だと思う

シュタイナーの著作に「自由の哲学」というのがあり
この本は、この予定説の疑問にヒントを与えてくれるような気がする

少し考えてみると
もし、神の気に入ることをしたことで神の国に入るのなら
神の国に入るためにそれをしたことと区別がつかない
善行が計算高くあっては、善行とは言えなくなってしまう

賞罰によって何かをするかどうか決めるのではなくて
誰かからの強制や、与えられた価値ではない
本当に自由な立場というものを
本当に真剣に見つけようとするなら
その自分の中心の中心のところで出会うのは
もしかしたらキリストなのではないだろうか?

そこでそうして、個々の人が、自分自身の中心でキリストに出会うためにも
やはり予定説は、なくてはならない気がする

自分からそれを見つけることがすごく大事で
それをしようとした人にだけ
秘密は明かされる・・とか?

その人は選ばれた人なのだという秘密・・?

そうすれば、自分の真に自由な行為が、イコール神とつながっていることになるので
やった~!!みたいな・・???

本当はどうなのだろうか?







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Comment

なるほど。
編集
こんにちは!
hasutamaさんのような捉え方で見つめることができると、一見つじつまが合わなそうなことに、実は真実へ気づくためのエッセンスが含まれているんだ!と、とても前向きな喜びを感じることができますね。hasutamaさんのそういった感性というか、センスというか、私はとても学ばせてもらっています(^^) 素敵です!

予定説がどうなのかは分からないけれど…幼子のようにならなければ天の国に入ることはできない、とイエスが言われているように、この幼子という例えこそ、本当の自由ということではないかと、hasutamaさんの記事を読ませていただいて感じました(^^)
2010年07月13日(Tue) 14:54
そんなそんな・・
編集
いえいえ i-201
こっちの疑問と、あっちで読んだ話とくっつけてみたりしているだけで
ほとんど受け売りなので、お恥ずかしいですi-240
私は、ちょっと何事にも不謹慎な感じがして
房さんのようにいろいろなことに真剣に取り組まれる方に、そんなふうに言っていただけると
恐縮してしまいますi-179

房さんこそ
幼子の例えと、本当の自由さについて
素敵な気付きを教えてくださり有難うございます!

聖書にはいろいろな智恵が詰まっていそうですよね~


2010年07月15日(Thu) 00:09












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プロフィール

hasutama

Author:hasutama
神秘学徒hasutamaです・・なんてほんとうは、ただのおばさんです
シュタイナーの著作を読むこと、愛犬をかわいがること、音楽にかかわること、お庭仕事、友人とカフェでおしゃべりすることなどを楽しんでいます

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