認識のさんぽ道

ルドルフ・シュタイナーの著作を楽しみ、 認識の小道散策へ出掛けます
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無意識の森へ・・


↑ 大好きなゴンチチさんの曲「unconscious forest」をコピーして下さっている動画をお借りしました

いろいろな世界の可能性はある
でも自分の感覚器が及ぶ範囲内でしか
人は世界を把握していない

でもだからといって、もしも優れた感覚器で
あの世的な世界を把握したり、そこに遊びに行ったところで
それが,人間的に優れているということとは違うのではないだろうか?

竜としてのルシフェルは、なぜ爬虫類なのだろう?
大昔、爬虫類とシダの時代があったようだが
なぜ滅びてしまったのだろう?

自分の子供とのつながり、
せめて卵を温めるという方法を持っていなかった爬虫類は
変化の中で生き延びることが出来なかったのだろうか?
自分の体の温度を保つことが出来ないというのは
何を表しているのだろう?

熱ということと、例えば生きる意志とか
あるいは、生きていく意志としての愛とかは
何か関係があるのだろうか?

それから・・
なぜラファエルが、左側頭部にいなければならなかったのだろう?
天使と言っても遊んでいるわけではなくて
悪魔と闘ったりする仕事がある

私の中の悪魔が、彼を必要としているのだとしたら?
と、考えてみると
車でのドライブの記事やコメントを書いてから、いろいろなイメージが
急に頭の中でまとまって、ふと思い至ることがあった

以前見た龍の夢を解釈してみると・・
私は、肉体から離れ、意識界という空を飛ぶことが出来る
アクロバットの離れ業
そして地上に向かって火をふいたり
言葉を変幻自在に使ったり
何しろ、如意宝珠という
無意識下の世界を、コントロール出来る業を
手に入れたからだ
でもその火は、人間としてのぬくもりとは全く関係の無いもので
「だし」に象徴されるような
地上を生きるための、ぎりぎりの労苦に伴う様々な感情を
切り離すことで手に入れるものなのではないだろうか?
地上に職場を見つけることの出来ない私は
人とともに労苦を重ねることなく
空を飛んで自分の力に酔いしれているだけなのだろう
母と娘が、私に職場を教えてくれようとする
地上的な愛という仕事を、私が思い出せないから?
空から見た木のように、光を受け青々と伸びていくだけではなく
赤い血によってしかなし得ない仕事というものが、あるのかもしれない

・・と、この思い付きには相当満足感を得ている

無意識の森の、奥深く・・魔女の家を見つけたり
竜と賭けをしたりする
それは、ほんとうにほんとうの
自分自身のリアルな現実のことだけど
物語の形でしか、話すことができないから
まるでおとぎ話だねって・・そう思われてしまうのは仕方がない
そんな形でしか大事なことは伝えられないなんて
暗号みたいで秘密めいてわくわくするでしょう?

ブログを書くことで、物語が共有される可能性が増すとしたら
とても面白いことだと思う

この光の文字たちのたくさんの川から
海へと「だし」としての塩が運ばれてゆき
そこにまた新しい生き物が発生するなんて事・・
もしかしたらあるかも??

でもとにかく自分は、地上での赤いぬくもりを持った血による仕事が
一体どんなものなのか?を少し考えてみたい

そうすればきっと、自分の人間としての人生がより充実するとともに
神秘学徒としての薔薇十字の秘密にも、迫れるに違いないと思う ♪

・・・と、あちこち歩きつかれたから・・
生活にもどって、今度は犬の散歩に行ってきま~す

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プロフィール

hasutama

Author:hasutama
神秘学徒hasutamaです・・なんてほんとうは、ただのおばさんです
シュタイナーの著作を読むこと、愛犬をかわいがること、音楽にかかわること、お庭仕事、友人とカフェでおしゃべりすることなどを楽しんでいます

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