認識のさんぽ道

ルドルフ・シュタイナーの著作を楽しみ、 認識の小道散策へ出掛けます
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聖人と阿呆

頭のねじが足りないから、自分が幸せなのかも知れない
人と自分を比べて、そう思うときがあります

私はけっこう難しい本も読めるほうだと思うけど
そんなことは、バカではない証明になんかならない

しかし・・と言い訳してみよう
イエーツの「幻想録」を読んだとき
よくわからないながらも、印象に残ったことがある

人間の諸相を二十いくつかに区切って、その段階を解説した
(奥さんに憑依した霊的存在からの)メッセージによれば
一番最後に来るのは「聖人」だが
それは、最も高度に野心的な人間であり
そこまで行った人間の、次の段階としてあるのは
一番初めの、第1相「阿呆」だったこと

これすごい面白いと思った

だからって、何が言いたいのだろう?
自分が阿呆なのは、聖人より進化しているからとか・・?

そうかもしれないし、そうでないかもしれないし

結論↓

「アホちゃいまんねん・・パー+天然!」

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hasutama

Author:hasutama
神秘学徒hasutamaです・・なんてほんとうは、ただのおばさんです
シュタイナーの著作を読むこと、愛犬をかわいがること、音楽にかかわること、お庭仕事、友人とカフェでおしゃべりすることなどを楽しんでいます

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