認識のさんぽ道

ルドルフ・シュタイナーの著作を楽しみ、 認識の小道散策へ出掛けます
TOPスポンサー広告 ≫ イメージのエネルギーの体と世界を想定するTOP未分類 ≫ イメージのエネルギーの体と世界を想定する

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
スポンサー広告 | Comments (-) | Trackbacks (-)

イメージのエネルギーの体と世界を想定する

自分の感情には、無頓着なふりをするほうです

でも、だからといって何も感じていないのではないのだろうと思います
逆にそれを表出しないときのほうが、その思いはどこかに蓄積していって
力を持っていくのではないだろうか?

つまり、感情や思念というのは、もしかしたらあるエネルギーなのではないかと思う
もっと言えば自分には自分の、感情や思念の「イメージのエネルギーの体」とでも表現できるようなものが
あるのではないだろうか?

しかも、その「イメージのエネルギーの世界」とでも言うべき次元があるように思い
私のその「イメージのエネルギーの体」は、常にそこに暮らしているのではないだろうか?

もし自分を、自分だけで閉じたものとして解放しないなら
つまり、この物質の世界だけを世界だと思い、物質のみを自分としてとらえるなら
そうした、違った次元の中に生きる可能性は阻まれる

と、想像してみることは自由だし、楽しい

また、もしかしたらその、「イメージのエネルギー世界」にはいろんな住人がいて
(現実の世界には存在しないけど、その世界だけで生きているような生き物たち・・)
この人間が現実だと思っている世界にも、いろいろとちょっかい出していたりして?

どんどん考えていくと、ますます面白くなってくるな・・





関連記事

Comment













非公開コメントにする
Trackback

Trackback URL

プロフィール

hasutama

Author:hasutama
神秘学徒hasutamaです・・なんてほんとうは、ただのおばさんです
シュタイナーの著作を読むこと、愛犬をかわいがること、音楽にかかわること、お庭仕事、友人とカフェでおしゃべりすることなどを楽しんでいます

FC2カウンター
FC2カウンター
現在の閲覧者数:
Powered
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。