認識のさんぽ道

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有機的な思考/試論「自由の哲学」ノートより



(別ブログで、)自分が書いた前の投稿を読み返していて気がついたこと

はじめの問題提起から、いくつかの踊り場を経て、段階を踏んで発展していく有機的思考は、気付かないうちに私自身の中でも展開していく

それで、その思考の展開から受け取るイメージは、やはり植物だ

ある思考の展開が、言葉の種から始まる植物だとするなら、人間の意識が大地である

はじめの問題提起を種子として、シュタイナー氏が2つの対立する方向性とだ言う「観察と思考」を双葉として、太陽の光に向かう有機的思考植物?

いや、そうそう…双葉の前にある、種からの2つの方向性も加味しなければ
種からは、地中と地表へと発根、発芽がある

もし種からのこの2つの方向にあてはめてみるなら、この世界は大地的物質世界としてあり、だから観察は発根方向だと言える
そして太陽へと向かう空間は、人間の意識の上空、思考方向にある

なんだか、面白くなってきたぞ^o^
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Comment

No title
編集
こんばんは~♪
こちらでも、新年おめでとうございます♪
人間の観察や思考を、植物に例えるって、なんだかすごく
納得できる気がします。
とりわけ、
『ある思考の展開が、言葉の種から始まる植物だとするなら、人間の意識が大地である』とか、
種子から、地中と地表へと二つの方向、つまり発根、発芽がある。
観察は発根方向、そして太陽へと向かう空間は、人間の意識の上空、思考方向にある、って言うのわかりやすいなあ。

この頃、テーマはいっぱいあっても、なかなか記事に取り掛かれません。
あれも書こうこれも書こうと思って気持ばかり焦るんだけどなあ。
でも、一度書き始めれば、ぐいぐい書いていけます。
書けないよう…、ううっ!って、背中まるめて苦しんでいるときって、
種から芽ちゃんが、固い殻を割って出てこようとしているときみたいなものかナ。^^

国内を見ればはらわたが煮えくりかえり、世界を見れば絶句してしまう
ようなことばかり。
そんな中でも、植物たちの強さ、辛抱強さを見習って、生きていかなくちゃね♪
この世に植物というおともだちたちがいてくれてよかったなあ!(笑)

もう少し楽しい記事も、今年は書いていきたいな。^^
hasutamaさん。今年もよろしくですぅ。

2015年01月04日(Sun) 22:58
No title
編集
彼岸花さん、有難うございます
家族が風邪をひいたりしてバタバタし、彼岸花さんのお言葉にゆっくり向き合いたいと思っていたら今日になってしまいました
喉が痛いと言うので、柚子を絞ってハチミツと一緒にホットドリンクにしたり、ふろふき大根に柚子味噌、苺に練乳かけてみたり
寒い季節なりに、風邪ひいたなりにも、色や香りや味わいに、たくさんの楽しさ、感動があるものですね
観察世界の大地は、豊穣で、智慧が染み通っていて、人間に有り余る富を与えてくれる、
一方、空間は酸素や光があり、大地の豊穣さも元をたどれば空間の作用が目に見える形をとり、堆積したものだと言えるのかも

地の豊さや力は人間に富をもたらすと同時に、黄泉から追いかけてくるイザナミみたいなものなのかな

いったい、何が始まりで、なぜ人間はその中にいて、またそれを俯瞰するのか?

真ん中にハートがあって、観察世界と思考世界はリボンのように結ばれるのかしら?
ハートが温かければ、そのリボンが蝶々みたいに生命を持って羽ばたき始める

私の個人的な彼岸花さんへの信頼が、「リボン→蝶々」は絶対ある!という根拠です

だって、心が冷たければ、観察世界も思考世界も、ただのシステムみたいにしか扱われず、可愛くなったり生命を持ったりしないですもの

ナンチャッテ^o^
彼岸花さん、今年もヘンチクリンな妹を、たまにかまってやって下さ〜〜い!





2015年01月08日(Thu) 08:32
No title
編集
いつだって可愛い妹で~す。
お茶目でキュート。^^
でも頭がよくって、哲学に弱いお姉ちゃんをたじたじとさせる。^^

リボン→蝶々の例えは嬉しいな。きっとありますよねっ♪
今年も、どんなに政治がムチャクチャでも、あったかいでねっ♪

2015年01月09日(Fri) 18:16
No title
編集
彼岸花さん、ありがとうございます!
そうですね、政治や世界に憤ったり、悲嘆にくれたりするのも人間らしい魂あってのことですし、なぜこのようなことがあるのだろう?と思考空間に問いかけるのも、その同じ人間の魂の場からでなければ、得られる答も質の違うものになってしまう気がします
人間らしいハートの熱をつなげたり活かしたりすること、今年は意識してみたいです^o^
2015年01月19日(Mon) 08:55












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プロフィール

hasutama

Author:hasutama
神秘学徒hasutamaです・・なんてほんとうは、ただのおばさんです
シュタイナーの著作を読むこと、愛犬をかわいがること、音楽にかかわること、お庭仕事、友人とカフェでおしゃべりすることなどを楽しんでいます

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