認識のさんぽ道

ルドルフ・シュタイナーの著作を楽しみ、 認識の小道散策へ出掛けます
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うずまきからうずまきへ

ふ~~~っ
と息を吐ききる

何故なのか分からないけど
家庭的な状況も良くはないのに
何に対してもありがとう!ありがとう!
と思ってしまう

いったいどうして?
これではまるでスピリチュアルである
私は、自称神秘学徒であって
いわゆるスピリチュアルの、情緒的な雰囲気は苦手な気がしている

そこで、自分がどうしてそうなったのかを考察する

確かにシュタイナーが「自由の哲学」の中で述べているように
自分の思考がどこでどうなったかは、その発生の道筋をたどることが出来そうだ
それが発生したのは、自分の意識内での出来事だからである

「自由の哲学」三章で、それが述べられていたときは、そんな当たり前のこと言って、だから何だと言うの?と、そこにこだわる彼の意図が理解できなかったし、今も完全に理解してはいない

私に関係なく存在してしまっているものについて、根掘り葉掘り考察する権利が私にあるかどうかわからないし、完全に見通せるものでもない
しかし、私内の発生物に関しては、見通しが利くし、責任もあるし、考察することが僭越ということもない

って、なんかこの言い回しヘンチクリン!
シュタイナー本の翻訳口調がうつってしまった

で、考察はまたあとで

うずまきうずまき
(おしまいの前に、おまじないでこれを言ってみる)

うずまきからうずまきへって何のことかって?
それは
今はわからないけど……ありがとうに関係していると思っている自分へのヒント……

つづく
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プロフィール

hasutama

Author:hasutama
神秘学徒hasutamaです・・なんてほんとうは、ただのおばさんです
シュタイナーの著作を読むこと、愛犬をかわいがること、音楽にかかわること、お庭仕事、友人とカフェでおしゃべりすることなどを楽しんでいます

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