認識のさんぽ道

ルドルフ・シュタイナーの著作を楽しみ、 認識の小道散策へ出掛けます
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ルシファーとかキリスト衝動とか

ハンナ・アーレントが
「何も知ろうとしない人たちの罪は
大きい」
と言ったことをネットで見かけて
そうだ!と思ったり
いやしかし…と思ったりする

同じ時間を生きているようでも、
生きている心の(?)場は
別世界のように違う

何かについての判断が
人を分け隔てる
深淵を覗き込み
いったいどうやったら
橋をかけることが出来るのだろう?
と思う

それで思い出したのは

シュタイナーのキリストについての講義で、こんなエピソードがあった

キリストは一時期エッセネ派の隠遁的な修行集団の中で過ごしていた

彼が一般の人が暮らす場所に近づいた折、その入り口におぞましいものを見た

入り口の門には驚くほどたくさんのルシファー(悪魔の一種)がへばりついており

なぜそんなにたくさんなのかというと、
キリストたちが純粋な善いものだけを集めて暮らそうとすればするほど、ルシファーたちはそれ以外の場所に結集しようとするからなのである

そのことに気付いたキリストは愕然とし、エッセネ派を離れ人々の中に入って行った

説明が下手だけど、そんな主旨だった

このイメージは
その後のキリストも含め恐ろしい気がする

多数決で何かが決まるなら
エッセネ派は少ないから
ルシファーが世界を支配してしまう
ルシファーは、
この世の力と数の論理そのものなのかも

シュタイナーの言うキリスト衝動て
いったいどういうものなのだろう
キリスト派じゃなくても
共感出来るものだといいけど










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hasutama

Author:hasutama
神秘学徒hasutamaです・・なんてほんとうは、ただのおばさんです
シュタイナーの著作を読むこと、愛犬をかわいがること、音楽にかかわること、お庭仕事、友人とカフェでおしゃべりすることなどを楽しんでいます

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