認識のさんぽ道

ルドルフ・シュタイナーの著作を楽しみ、 認識の小道散策へ出掛けます
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妙(たえ)なる畑の、畑自身の営みのこと

畑を、植物がみずからを示現する場とするには?

植物を食べる目的で生産するというより、尊敬する目的でみずからを語っていただける場とするには?

植物と関わる楽しみは、植物を尊敬する機会を持てることにある
植物は枯れ果てるにあたってさえ、絶妙な自然界のバランス、その美しい調和を垣間見せてくれる

畑というショータイム
感嘆符にからみつくインゲン豆

自然農はこの楽しさを味わうのには最適である

というのも、

…昨日畑に行ってみたら、すごく楽しいことになっていた

零れ種で畑がデザインされ、まるで星野道夫さんの写真のように生命の神秘が表現されていた

人参の花園や、



大根の芽生え





零れ種からのコスモス


ギシギシなのかゴボウなのか?
わからない子の乱立は、私を悩ませてくれる



畑から見上げる空の変化も美しい







等々…

自然農とバイオダイナミック農業には共通点が無いと思っていたが、この自然農の「妙なる」に「宇宙のダイナミズム」(なんだそれ?)を見つけることが出来るのではないだろうか

示現されるのは単に植物なのではなく、宇宙を含んだ自然界全体の「妙なる」なのである

その「妙」にひれ伏しつつも、「妙」のその奥義をさらに躍動させていただくというスタンスで、自然農とバイオダイナミックは調和的に合体できるのではないだろうか

あらためて…


「ある」のそれぞれをあるがままに定める「自然本性」(physis)

……………………………………………

「存在」の「かたち」が示現してくるところとしての「知性」(nous)

「存在」の「かたち」を嗅ぎ分ける「知性」

「知性的把握」(noein)をする我々自身は、生きている我々自身の外に出る


「生きている我々自身の外」にどのように立ち、またどのような姿勢で何を見つけることが出来るのだろうか

考えるということは「文脈の中に立つ」体験であるということを「妙なる畑」は教えてくれる



おしまい


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hasutama

Author:hasutama
神秘学徒hasutamaです・・なんてほんとうは、ただのおばさんです
シュタイナーの著作を読むこと、愛犬をかわいがること、音楽にかかわること、お庭仕事、友人とカフェでおしゃべりすることなどを楽しんでいます

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