認識のさんぽ道

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イメージの消化

気をつけているので目眩はおさまっている

渦巻きのイメージが目眩を連れてきて、
イメージは対象ではなく
生きるものになっている
…のだとして

変な話かもしれないが…
渦巻きだけでなく、いつも何かしらのイメージが与えられ、
その中に生きる、それを通じて生きる、
ことが常態化している
ということを、今までよりもはっきりさせたくなった

自分がどんなふうに「考え」を行っているかを観察する試み

与えられたイメージが常に鍵のようなものになって、私が考えるというよりイメージが私に考えることを要求してくるとでもいったほうが適切なのではないか?と思われる

これ狂気じみている
でも意識してみると、そうなのである

もしイメージの消化がうまくいかないと、おそらくそのイメージは停滞し続けて、私に影響を及ぼし続ける
もし消化すれば、何らかの栄養分となる
思考とは、咀嚼なのだろうか?
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hasutama

Author:hasutama
神秘学徒hasutamaです・・なんてほんとうは、ただのおばさんです
シュタイナーの著作を読むこと、愛犬をかわいがること、音楽にかかわること、お庭仕事、友人とカフェでおしゃべりすることなどを楽しんでいます

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