認識のさんぽ道

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マックス・シュティルナーの近代合理主義批判/住吉雅美著 メモ

以下 ヘーゲル氏の考え

近代国家とは具体的自由の現実体である

具体的自由とは、

個体人格の特殊的利益が普遍的なものの利益へと移行し、

普遍的利益を自らの究極的価値とみなし、

普遍性と一体化する状態

それゆえ、このような意味での自由の現実化であるとする国家にあっては、主観性の原理が極点にまで完成されながら、同時にそれが普遍的で実体的な統一へ帰還するという二元構成を包含する「巨大な力と深さ」が保持されている


感想

近代国家が自由の現実化だと思えたのは、その前の時代と比較してということだろう…と今の私が思うのは、今が自由の現実化の状態だとは思えないから しかしそう思うことにより、より望ましい状態を現実化することになる…のだろうか?

集積された巨大な力と深さを実際どう使うのかの段階で、巨大な力と深さそのもののために使うことが、個人の人格や生命を脅かす場合にはどうなるのか

普遍性を個人の上におくことを前提にした考えが、近代国家のもとにあるのに対し、シュティルナーはきっと個人を普遍性の上に置くと言い出すのだろう



おまけの写真

昔の脱穀機
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神秘学徒hasutamaです・・なんてほんとうは、ただのおばさんです
シュタイナーの著作を読むこと、愛犬をかわいがること、音楽にかかわること、お庭仕事、友人とカフェでおしゃべりすることなどを楽しんでいます

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