認識のさんぽ道

ルドルフ・シュタイナーの著作を楽しみ、 認識の小道散策へ出掛けます
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苦とか無とか

「夢の中なのです
夢の中なのです」

空がリフレインで話しかけてくれたから
仮説を立ててみる

つまり…

希求は
本当はそれが実質なのだから
地上においては
ほんとうは何も存在していないのである

阿蘇で出会った遊行さんは
「この世は幻灯機で映し出されたようなものだ
全ては苦である」
と教えてくれた

でも、それなら遊行さんと出会ったことや
紫陽花の即興曲を奏でてくれたことさえ苦なのかな?

それで私が言ったのは
「でもそれならば、全ては無だということになりませんか?
私は、たとえば紫陽花の話を聞いてみたいと思うのです」
「それは、神秘主義の考え方です
しかし、何がが楽しいと感じるのは、世界が苦であることを理解していないからです」


一年たって…
苦(ク)というのは認識の問題ではなく
この世で現実だとされているところの、
組成のことなのではないかと思い始めた

おしまい











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2013年07月20日(Sat) 17:44
鍵コメ様
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コメント光栄です
ごもっともな質問です
彼が、神秘主義を何ととらえてそうおっしゃったのかは、定かではありません
世間に通用する根拠無しに、内面の世界、一般的な知覚意外の知覚、などが実在するのを前提にものを考えること?かな

私などはただのメルヘンおばさんでしかないのですけれどもね^^;

遊行さんは宗教関係のお仕事をされているわけではなく、
全く個人的にブッダの言葉に帰依していらっしゃるようにお見受けしました

これでお返事になっていますか?

2013年07月22日(Mon) 10:46
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2013年08月03日(Sat) 23:32
鍵コメ様
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神秘主義、認識、グノーシス…
その関連性て、ものすごく興味深いテーマです^o^
…が、悲しいかな、知識がほとんどなくてお返事出来ないような?

でも、せっかくなので無い頭を振ってみて、何か出てこないかしら??
で、思いついたのは、認識が体験であるような、そしてそこで得られた知が、智慧であるような、そんなイメージです
神秘と言うなら、認識=神秘体験であるような認識器官を人間がはじめから持っていて、智に直接アクセスする日常を送るとしたら、神秘は神秘ではないですね
そうなると、人間はいったいどんな世界を見るのだろう?
人間が智に向かうと同時に、智もまた人間に向かうのではないか?
智と言えども何かの実体じゃないかしら?
^_^;
妄想が激しくなってきたので、この辺でやめておきます
単なる 、おばさんの独り言レベルで申し訳ありません…>_<…
2013年08月05日(Mon) 01:10
追記 鍵コメ様
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結局、神秘主義についてはわからなくてごめんなさい!
神秘学とオカルティズムも、別のものなのかもしれませんし、主義となるとどうなるのか?
私こそ教えを賜りたいですよ〜^o^
2013年08月05日(Mon) 20:32
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2013年08月05日(Mon) 21:35
鍵コメ様
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なるほど、神秘主義も色々な系譜がありそうですね
また考えたのですが、神秘主義は個人的な神秘体験というものを重要視しますよね
言葉、概念以前の場があるとして、そこに直接触れようとするときに、人間自身も無意識的になるのか、それとも意識的であり続けるのか?土俗的な神秘体験となると、トランス状態、忘我の状態などが思い浮かびますが、あれはどうしても必要な状態なのか?そのあたり、気になります

確かに…シュタイナーがゾロアスターのことを何だか語っていました
ゾロアスターはツェラトストラなんですよね
光と闇を分けた彼がいて、それでニーチェはそれ以前の場に立つ為に彼に語らせたのでしょうか
そう考えると、光=ロゴス(概念、言葉)=キリスト が分断する以前の、
ソフィア=地母神=物そのものや生命エネルギー的なものへとアクセスしようとすることは
形式は色々だとしても神秘主義的なことで
その方向性だけ見ると、シュタイナーとニーチェは共通点があるのかもしれないし、
バタイユさんがそこに行くことも必然性があるのでしょうね
シュタイナーがゾロアスターを踏襲というのは、どういう意味合いかよくわかりません
ゾロアスターの死後の体の一部であるアストラル体だか自我だったかが、キリストに受肉したとか、そんなこと言っていたように記憶しています
シュタイナーは何を霊視したものか最後にはキリスト衝動ということを言い出したので、地球上での人間の役割、使命に関わる事件として、太陽霊アフラマズダの地球への受肉=キリストと把握して、ゾロアスターを踏襲したと言えるのかも?
彼の霊的宇宙史によれば地球は以前、太陽や月を分離したそうですが、おそらく再び太陽霊と地球霊は結合しなければならない( ̄▽ ̄)とかなんとか…色々予定もあるようです
2013年08月06日(Tue) 00:02
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2013年08月11日(Sun) 05:25
鍵コメ様
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こちらこそ
私のようなものに、考える機会を下さいまして、ありがとうございます
神秘主義とはいったい何なのか?人間が神秘主義的なことにどうアプローチするのか?とても好きなテーマなので嬉しいです

ルネサンス的なとは、信仰対象としてではなく人間中心に解釈してということなのかしら
その本は面白そうですね!ぜひ読んでみたいです
シュタイナーが、なぜそんなこと言い出したのか、それには歴史的な背景があったのかも?と興味がわきました

今後も色々教えて下さいませo(^_-)O
2013年08月12日(Mon) 16:44












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hasutama

Author:hasutama
神秘学徒hasutamaです・・なんてほんとうは、ただのおばさんです
シュタイナーの著作を読むこと、愛犬をかわいがること、音楽にかかわること、お庭仕事、友人とカフェでおしゃべりすることなどを楽しんでいます

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