認識のさんぽ道

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妖精はどこにいるか?

たとえば、こう考えてみる

何が一番楽しい?

買うのが楽しい?

買わないのも楽しいかどうか?

世の中、お金無しでも楽しめますよ!
買ったりしない方が、かえって楽しいのです!

確かにそうかもしれない
でも、そんな風に正当化してみたり、義務感でやったりするなら、本当に楽しいのか自分を疑ってしまう

少なくともいくつかの実験は楽しく行うことが出来たんだけど

ちょっとやってみようかな?と思えて、タイミング良くことが運んで

でもそれに理屈をつけるなら、買ったも同然、価値が外付けされ、肝心の楽しさは
死んだようなもの

もし、価値が内側にあって生きているとしたら、それはどんなものだろう?

つまり、総括からずれているところが、多分一番楽しかったところだし、
その楽しさは生きていて、休みなく活動し続ける
普遍性をもし感じるとすれば、その活動性の中に含まれているもの、活動性そのものがそれなのである
全部買ってしまうと、その活動性を感じる機会が少なくなってしまうの
あるいは、予定したとおりに事が運ぶなら

内緒だけど、その活動性って妖精みたいなものじゃない?

おばさんなのにそんなこと言うの恥ずかしいけど

妖精がいるから、だから楽しいの
しかしそう言い切ってしまうなら、
それはもはや、レッテルを貼られたもの

常に逃げて行くもの
空虚のないところには現れないもの
閃きのようにかすかに感じられ、私が意思を向けないなら、何ものでもないもの
意思を向けたところで、人には伝え難いもの

おしまい

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Comment

おはようございます。バーソです。
編集
ふと、こんなことを思いました。
買うのも楽しい。買わないのも楽しい。迷うのも楽しい。
買うまで、何を買おうかとあれこれ考えるのも楽しい。
買わないと決めるまでの迷うことも楽しい。
人により、その選択はさまざまに違うけれど、
人が何をするにしても、何をしないにしても、
その自由な考えと、その多様な活動こそが、人生というもの。
それでいいのだ。それをするために生まれてきたのだ。
妖精はその際、人を観ている。ひそかに応援している。
人が意識を向けているときに、かすかに存在している。
2013年10月22日(Tue) 09:42
バーソさんへ
編集
ふらりとお立ち寄り下さるバーソさんも
私にとってフェアリーかも^o^
なんて勝手にごめんなさい

そうですね
買っても楽しい!
でも買うしかないのは嫌
妖精さんの要請は
難しいですが
ビミョーなところを大切にして
仲良くしたいです
(単なるワガママ?)

いつもありがとうございます

2013年10月22日(Tue) 16:29












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プロフィール

hasutama

Author:hasutama
神秘学徒hasutamaです・・なんてほんとうは、ただのおばさんです
シュタイナーの著作を読むこと、愛犬をかわいがること、音楽にかかわること、お庭仕事、友人とカフェでおしゃべりすることなどを楽しんでいます

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