認識のさんぽ道

ルドルフ・シュタイナーの著作を楽しみ、 認識の小道散策へ出掛けます
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マイケルKの印象/試論

以前読んだ本の主人公マイケルKのことをよく思い出す

戦時下にあって、何の主張をするでもなく、戦うでもなく、誰かと強い絆で繋がるでもなく、保護を受けるでもなく…

少し障害があって、土に穴を掘って隠れながらかぼちゃを育てたり、長い間眠り込んだりする彼

ひどく個人的な祈りみたいな生き方ってあるのかな

祈りは証明でも主張でもない

いや祈りと言っても、人間社会、人間に対するものではないし、神を想定したものでもない

分類がない場合、人は、というか、存在するってどういう感じかな
いやいや、存在するとかしないとか、それも興味はなくなって

その感じが、なぜか先日「徒然草展」で見かけた日本の昔の挿し絵の印象に繋がる

松が描かれ、その下に小さな小さな通行人が描かれる

草とアリも、松と人も同じ扱いである

素っ気ないほどの同質というのがヒントなら

そもそも、
祈りという意味で世界が存在しているのである
しかし目的意識によっては、そこに着地することは出来ない

マイケルKは穴を掘って、地中に体を横たえ、目を閉じる
かぼちゃの種を大切にしていた彼だけど、それじゃ彼も種みたい

つまり、彼は世界側に所属しているのだ






おしまい




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田んぼ 7月



今年の田んぼは、美的とは言えない稲の並び方^_^;

でもこれでも、なんとかかんとか汗を流した末の状況なのだから、でなければ大変なカオスが出現してしまっていただろう

小さな区画で稲を作ってみて3年目


言語以前、野生的な楽しさとしてある気がするのは
びしゃびしゃの泥や草を、ぐるぐるとかき混ぜる感触

泥に足をとられて、おっとっと…となったり深みにズボッとなりながらミッションを達成する、原始に挑むインディー・ジョーンズ的な感じ(大げさ)

強い陽射しの下でボー然としながら、延々とぬかるみをかき混ぜるって、それ何かのパフォーマンスというか、儀式みたいじゃない?

いつもと違う状況にはまりこんで、「何をやっているのか!?」と考えるというより、時々ピョーンと跳ねる薄緑色のバッタくんとか、稲に家をしつらえて素敵に暮らしている白蜘蛛の奥様とか、そういう方々と私が、等身大に存在してる感じがしてしまうのも、人間が小さく描かれた浮世絵みたいで可笑しい

トッポンチーノ

なんとなく気がのって、
母のミシンで「トッポンチーノ」なるものを作ってみた

トッポンチーノは、イタリア語で「小さな枕」という意味
用途は「新生児用抱っこ布団」である

一つは車の絵、耳をつけて

洗い替え用にもう一枚
水玉とレース

思ったより簡単に出来、すぐに
八月に出産予定のお隣さんにプレゼントした
赤ちゃんが乗って抱っこされているところを早く見たいな♪
プロフィール

hasutama

Author:hasutama
神秘学徒hasutamaです・・なんてほんとうは、ただのおばさんです
シュタイナーの著作を読むこと、愛犬をかわいがること、音楽にかかわること、お庭仕事、友人とカフェでおしゃべりすることなどを楽しんでいます

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