認識のさんぽ道

ルドルフ・シュタイナーの著作を楽しみ、 認識の小道散策へ出掛けます
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薔薇memo

グラミス・キャッスル








イングリッシュローズ
1992年
四季咲き
中香
カップ咲き
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庭仕事&読書

今日はバラ園がお休みで、晴れれば稲刈りをする予定だった
先日みんなで稲架(はざ)立てをして、稲を干す準備は完了していた

でも、秋は秋で植物の仕事が山のようにある

いったん庭に出ると、やらなければならないことが山積している
まわりを家々に囲まれて日が当たらない狭い庭だというのに、あっちを掘り、こっちに植え付け、種を取り、挿し木をして、どろどろになりながらウロウロする
ビオラの摘芯をして挿し木にする前に、お花はかわいいから押し花にしなければならないし、種から育てたのに、まだ小さなポットに入ったままになっていたバジルとイタリアンパセリは、ハーブたちと寄せ植えにしてみたり
そのときには、そうだ、まだ植えていないスノードロップの球根も、一緒に植えてみよう! なんて調子でやっていたら、雨がポツポツ降りはじめた
これでは稲は延期にしなきゃ

やらなきゃやらなきゃと焦るが、 冷静になって考えてみれば、実際どれぐらいやらなきゃいけないのかというと、全然やらなくてもいいようなことである

カレル・チャペック著「園芸家12ヶ月」に出てくる園芸家を思い出して、可笑しくなってしまう

仕方がないので、午後は図書館に返さなければならない本を読んだ

シュティルナーの本を貸出期限を延長しても読了できなかったので、間を空けることにして、借りてきたのは、

南アフリカの内戦の混乱の差中、カボチャの種を持ってさまようガーデナー、マイケル・Kの話

マイケルK
マイケル・K (ちくま文庫)マイケル・K (ちくま文庫)
(2006/08)
J.M. クッツェー

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北アフリカの内戦て、いったい誰と誰が戦ったのか知らない
でもこの本の主人公のマイケルKも、それを知らないようだ

内戦の混乱の中で、土に掘った穴に隠れながらカボチャを育てるマイケル
戦時下の自然農
彼は、保護や慈善の対象となる必要を感じていない
それよりは、緑の中で横たわって、自分を取り戻そうとする
観念的にそう考えているのではなくて、彼には解るらしい
大地は、死の安らかさをも与えてくれるのだろうか?
死ぬとか生きるとか、愛するとか戦うとか、それも観念なのかもしれない
カボチャの種や大地と直接に交歓したら、というか対象としてではなく一体になって生きてみたらわかることがあるのかもしれない
おそらく、どれだけ豊かに与えられているかということなのだろうが、その豊かさは物質的なだけではなくて、想像ではわからないような、生死を超えた豊かさなのかもしれない

それから、石牟礼さんの「苦界浄土」も借りていた
有機水銀が海に流れ出る様子が、現在の放射能汚染水とだぶってしまう 一工場の罪というより、「文明の災禍」が目に見える形で現れたということだったら、文明をどう転換すればいいのだろう ?「文明」ではないマイケル・Kを見習ってみるのはどうだろう?
司馬遼太郎さんが、「これからは明るい絶望が必要だ」と言っていたのはどういうことだろう?明るい絶望という言葉は、マイケル・Kにもあてはまりそうだから

ちなみにカレル・チャペックはユダヤ人だった
ナチスが彼の自宅に踏み込んで来る4ヶ月前に、彼は嵐の後の庭仕事を頑張った為にひいた風邪をこじらせて亡くなっていたそうだ




とりあえず、稲刈りは金曜日に延期である

妖精はどこにいるか?

たとえば、こう考えてみる

何が一番楽しい?

買うのが楽しい?

買わないのも楽しいかどうか?

世の中、お金無しでも楽しめますよ!
買ったりしない方が、かえって楽しいのです!

確かにそうかもしれない
でも、そんな風に正当化してみたり、義務感でやったりするなら、本当に楽しいのか自分を疑ってしまう

少なくともいくつかの実験は楽しく行うことが出来たんだけど

ちょっとやってみようかな?と思えて、タイミング良くことが運んで

でもそれに理屈をつけるなら、買ったも同然、価値が外付けされ、肝心の楽しさは
死んだようなもの

もし、価値が内側にあって生きているとしたら、それはどんなものだろう?

つまり、総括からずれているところが、多分一番楽しかったところだし、
その楽しさは生きていて、休みなく活動し続ける
普遍性をもし感じるとすれば、その活動性の中に含まれているもの、活動性そのものがそれなのである
全部買ってしまうと、その活動性を感じる機会が少なくなってしまうの
あるいは、予定したとおりに事が運ぶなら

内緒だけど、その活動性って妖精みたいなものじゃない?

おばさんなのにそんなこと言うの恥ずかしいけど

妖精がいるから、だから楽しいの
しかしそう言い切ってしまうなら、
それはもはや、レッテルを貼られたもの

常に逃げて行くもの
空虚のないところには現れないもの
閃きのようにかすかに感じられ、私が意思を向けないなら、何ものでもないもの
意思を向けたところで、人には伝え難いもの

おしまい

薔薇memo

ウィリアム・ロブ





ベンジャミン・ブリテン




アンブリッジ・ローズ







ザ・シェパーデス





スーべニール・ドゥ・マルメゾン





薔薇の種類によって、色や形、香りも様々で、とても覚えきれないほどなのだか、
たとえたった一輪の薔薇であっても、驚くほどたくさんの表情がある

花びらがたくさんありすぎて、ドレスを広がるのに苦労していたり

咲いたものの、花が大きすぎてぐったりうつむいている子

クレマチスの花の種(?)の渦巻き囲まれ、虫に穴を開けられている子

咲くまでの様々な表情が、その時々の美しさを見せてくれる子もいる

秋のガーデン

ガーデン







寄せ植え

プロフィール

hasutama

Author:hasutama
神秘学徒hasutamaです・・なんてほんとうは、ただのおばさんです
シュタイナーの著作を読むこと、愛犬をかわいがること、音楽にかかわること、お庭仕事、友人とカフェでおしゃべりすることなどを楽しんでいます

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