認識のさんぽ道

ルドルフ・シュタイナーの著作を楽しみ、 認識の小道散策へ出掛けます
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苦とか無とか

「夢の中なのです
夢の中なのです」

空がリフレインで話しかけてくれたから
仮説を立ててみる

つまり…

希求は
本当はそれが実質なのだから
地上においては
ほんとうは何も存在していないのである

阿蘇で出会った遊行さんは
「この世は幻灯機で映し出されたようなものだ
全ては苦である」
と教えてくれた

でも、それなら遊行さんと出会ったことや
紫陽花の即興曲を奏でてくれたことさえ苦なのかな?

それで私が言ったのは
「でもそれならば、全ては無だということになりませんか?
私は、たとえば紫陽花の話を聞いてみたいと思うのです」
「それは、神秘主義の考え方です
しかし、何がが楽しいと感じるのは、世界が苦であることを理解していないからです」


一年たって…
苦(ク)というのは認識の問題ではなく
この世で現実だとされているところの、
組成のことなのではないかと思い始めた

おしまい











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メモ的に

絞り出される
歯磨きチューブの外側へ

私が歯磨きチューブの内側にいるとして
何によって外側に絞り出されるのだろう?

ヘリクタル ブリッジ

久しぶりに時間が出来たので、何か書いてみようっと
デタラメにどんどん

最近まとまった思考をしなくなり
これは、鬱の塩を溶かす為に意図してそうしていたつもりが、だんだん論理的な言葉に馴染めなくなってしまったのである

思い浮かんだ言葉

「オタメゴカシ 」

「理解しようとするのは間違っている 」
「糞をかき回すな!」

「ヘリクタルブリッジで会おう!」
「ヘリクタルブリッジってどこにあるの?」

そもそも思考は、与えられるものなので

思考を獲得するのではなく
思考が私たちを獲得するのである

塩は結晶化した物質を象徴している

植物は結晶のパターンを成長力とともに展開したものである

人間の場合は?



もうすぐ選挙

ブログを見る人もいれば
ネットしない人もいる

考え、調べる人は、どんどん考え、調べ、伝えようとする
一方、そんなこと全然しない人も、自分の印象を大事に使命感を持っていたり、あるいはまったく関心がなかったり

どんな印象、思考に獲得されているのか?と
客観視してみる

現実を完全に見通すことができない中で何かを選ぶことは、
どちらにせよ少しは気違い染みてくる

選択枠そのものの罠度もわからない

弱い動物が血を流して倒れているとして
誰が食べるか?で闘うような状況で
どこを怪我しているの?と聞いてみる
どっちが世界標準なのかな
世界標準のプロパンダ

おしまい

レディ エマ ハミルトン














ワクワク米







無農薬栽培のワクワク米を作られている素敵なご夫婦

6月に除草のお手伝い体験をさせていただきました
プロフィール

hasutama

Author:hasutama
神秘学徒hasutamaです・・なんてほんとうは、ただのおばさんです
シュタイナーの著作を読むこと、愛犬をかわいがること、音楽にかかわること、お庭仕事、友人とカフェでおしゃべりすることなどを楽しんでいます

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