認識のさんぽ道

ルドルフ・シュタイナーの著作を楽しみ、 認識の小道散策へ出掛けます
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美しい天草の・・苦海・・浄土(><)

昨日のNHK「クローズアップ現代」、
昨今のデモのことを取り上げてくださるようでしたが
どうだったのでしょう?

夕べは、上司に教えてもらったラーメン屋さんを探して
夫と一緒にさまよっていたら思いのほか遅くなってしまい
見そびれてしまいました~

ただ、その前の日のクローズアップ現代は、
偶然見ることができました

水俣病訴訟での被害者認定の線引きが
まるで原発事故後の同心円による避難区域の設定にも似て
実態に即していない
そのため病に苦しむ方たちが、長い長い年月をかけて
訴えていかなくてはならなかった

汚染されたお魚を、子どもの頃毎日のように食べていた
その証明が必要だという
お父さんが漁を行っていたところが汚染地域だったのだから
漁の許可証に、海の領域を示す地図がついていることで証明できるのでは?
ところがそれではダメなのだそうで
食べたことの証明をどのような形で行えばよいというのでしょう?

天草の自然は本当に素晴らしく、
私は、あんなところに住めたらな~と
ただただ憧れていたのです↓

写真 (2)

水俣病のことを、なんとなく聞いたことはあっても
なんだか怖いし、過去のことだと思って
よく知ろうとしなかった

実際自分が旅した美しい場所で
そのような恐ろしい出来事があったと
やっとはじめて、自分のことのように感じられました

もしかしたら、私自身のこの他人事のような感覚が
地方を打ち捨ててきたことが
その気持ちの蓄積が
原発に行き着いていたのかも?とも感じられます

考えてみれば・・私の母の故郷、島根県の山奥にも
鉱毒による汚染があり
私が今住んでいるところの近くにも
足尾鉱毒事件を封印した渡良瀬遊水地があります

正直、そういう事件は過去のことだと思っていました

でも、内山節さんがおっしゃる「文明の災禍」は
過去から現在にかけて、ずっと続いている
問題の本質は、同じだという気がします
日本だけでなく地球のどこかかもしれない
優雅に見える生活の裏側で、どこかに醜いものを垂れ流してきたし
今も垂れ流し続けている

今回の原発事故で、自分の食べるものや吸う空気、飲む水、歩く大地に
汚いものが混じって、それを恐怖し
はじめて垂れ流された側の気持ちに、少し寄り添うことが出来たのです
自分だけは美しい側にいるから安心・・というこの心こそが醜いもので
バカなのです(自分です

クローズアップ現代にゲスト出演された石牟礼道子さんの言葉で
特に印象に残ったもの

半世紀を経て思うこと
患者たちと東京によく行った。
患者は「日本という国はなかった」と言う。

「東京まで行っても日本という国は、どこにあるかわからなかった。」

↓は、ネットでは確認できないのですが、放送で言われていたように記憶している言葉

「この海の汚染を前にして、すべての宗教は滅びた・・と感じた」

しかし・・「全てを許す・・チッソも、国も、差別をしてきた人たちも・・」
とおっしゃりながら、亡くなっていった方のお話もありました

浄土と言うのは、この方達の心のことだ・・と感じますが
そんなことを私が言える立場でもありません・・

身をもって、災禍を引き受けてきた方たちがいらっしゃるということ
この、深すぎる絶望を、原発の事故が起きて初めて
ほんの少し理解できる気がする・・というのも、まったく失礼な話です

いったい私に何が出来るのでしょうか





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ちび花お休み中

今日は「さようなら原発集会」行きたかったな~
実は、少しの間「ちび花」dayは少なくなりそうです

今日は、明日手術予定の母の様子を見に行きました
転倒し骨折してしまったのですが、
それがちょうど、ずっと痛みの原因となっていた股関節だったので
これを機に人工股関節をつけていただくこととなりました
病院の壁に貼ってある、人工股関節の説明を見ると
感心するほど良くできています!

お掃除が大好きで、朗読や古典の研究会で活躍している母(夫のほうの)は
いつも元気いっぱいで、へなへなとしている私よりずっと活動的なのです
それなのに脚の痛みで動きがとれず、見ているだけでもつらい状態でした
手術が無事成功し、リハビリを頑張って、
モデル歩きになれますように・・

また、今週木曜日からは熊本に行き、
インターハイに向けて練習する娘を応援してきます
豪雨の中でも練習は続いていたようです

みんなそれぞれに、今を一生懸命生きていて・・
そうした命たちを、その生存の根底から脅かす「核」を
選ばない日本であろうよ~~~

・・と、心の中で叫び、
No Nukes活動に参加くださる皆様に尊敬と感謝を捧げつつ
行ってまいりまーす





家畜的自由の考察

「ローカリズム原論」(by 内山節さん)を読んでみて
まず印象に残っているのは
国家と人の関係性についての考察です

きつねにだまされていた日本人が
きつねじゃなくて、国家にごまかされていく過程とでもいうか

とりあえず今日は、内山さんが「人間にとって主体性とは何か?」の章でとりあげてくださった
マックス・シュティルナーのことをmemoします

シュタイナーはマックス・シュティルナーについて
「ニーチェがシュティルナーを知っていたらな~」と発言していました
それ、どういう意味なのかしら!?

ニーチェもわからなければ、シュティルナーも知らない
そんな状況ではありますが・・
シュタイナーが、どういう意味合いでそう言ったのか?を
今後のテーマの一つとしてみたいのです

以下、「ローカリズム原論」からのまとめ

シュティルナーは、実存主義、アナーキズムの祖と言われる
主著「唯一者とその所有」

シュティルナーが問題にしたこと

近代の自由=「体制にのみ込まれた人の自由」
この自由を、自由だと感じること自体のなかに、
その時代の体制の「意味の体系」に呑み込まれた人間の精神がある

その時代の社会が作り出している意味の体系を承認したうえで成り立つ自由

承認させられていることに気づくことなく、自由を感じ、
そのことによってその時代の体制に管理されていく

これは、個人の主体性が信じられなくなっていく時代の思想である

人は誰でも自分の中に主体があると感じているが
それは自分が作り出したものか
時代の意味の体系によってつくられたものなのかわからない

そうである以上、自分の主体を信じることは出来ない

シュティルナーは
自分を包み込み、のみ込もうとする「意味的世界を拒否」しようとした
そうしようとすると、反抗することだけが自分を守ることになる

自分以外の何物も所有していない唯一者として、
エゴイスティックな自分でありつづける

「何物をも所有しない自己」でありつづけてみる

意味の体系から自由になり
「すべてを所有している自己」が現れてくる


シュティルナーの思想は、上記のような発想とともにあった


最後の、「すべてを所有している自己が現れてくる」というところで
発想がジャンプしていますね
これはシュタイナーと同じジャンプだと感じます

この発想のどこかが、ニーチェと共通性があり
どこかに、決定的な相違点がある
のだと思います

自己、所有・・考えてみたいです

あじさいの思い/朝風呂

ふ~

朝風呂はいいな~

湯気の中から、いくつかのイメージが漂ってきました

あじさいの花からはこんなメッセージが

「心の森の奥の奥に湖があります
人が悲しみを感じて涙を流せればいいけれど
悲しみを封じたときに、流されなかった涙は
無くなったのではありません
深い森の奥でひっそりと湧き出し
その小さな流れが集まって湖となります
その深い悲しみの湖に映し出された空
それが私(あじさいさん)です」

hasutama「なぬ?そうだったのですか~
悲しみの湖の上にも空があってよかった♪
湖面で悲しみと空の色が混ざり合って
あんなにかわいい、色々な色になるのね!」

神秘学徒的に言いますと
空は「敬虔」「崇高なものへの憧れ」を表わします
悲しみと、敬虔な憧れ・・あじさいの思いは深いです

おしまい



マックス・シュティルナー / ちび花

先日、家族と一緒に内山節さんの講演会に行ってきました

講演内容については、
頭の中でごちゃごちゃになっていますので
またあらためて記せたら・・

本にサインをいただいて嬉しく思いました
講演会の趣旨は原発事故後の
日本の社会、人間のあり方についてということだったので
最近読み終わった「ローカリズム原論」のほうににサインをいただきました
(「なぜ日本人はきつねにだまされなくなったのか」も持っていったのですが

この本は講演会に行くことを決めてから買ったので
なんと、新品を買ってしまったのです
いつも数百円の本しか買えない貧乏な私なのに頑張りました

というのも、本屋さんでちょっと開いてみたら
個人主義的アナーキズム()で知られる
マックス・シュティルナーの思想が紹介されていたのです

マックス・シュティルナーについては、
シュタイナーの著作の中で言われている範囲でしか知らなくて、
自称シュタイナー研究主婦&自称神秘学徒としても、
彼が言及した思想家として
もうちょっと知っていないといかん!

個人主義的アナーキズム(wiki)
社会主義的傾向のアナキズムに対して、個人主義的傾向のアナキズムがあり、その代表としてヘーゲル左派の出身で、ヘーゲルの「絶対精神」を自我の所有するものと捉え、独我論的なまでに「自己」の絶対自由性にこだわったマックス・シュティルナーがいる。


アナキズム ヘーゲル左派 絶対精神 独我論 
あまり・・ものごとを勢いよくが~っとやれるほうではありません
まあ、ぼちぼちやっていきます

さて、今日もちび花day
体調は良好です!



プロフィール

hasutama

Author:hasutama
神秘学徒hasutamaです・・なんてほんとうは、ただのおばさんです
シュタイナーの著作を読むこと、愛犬をかわいがること、音楽にかかわること、お庭仕事、友人とカフェでおしゃべりすることなどを楽しんでいます

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