認識のさんぽ道

ルドルフ・シュタイナーの著作を楽しみ、 認識の小道散策へ出掛けます
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原子力のない未来に向けて♪

雨が降り、急に寒くなり
犬に抱きついて
長い毛の中に鼻を突っ込んでみたり・・

色々なことがあり、頭がまとまらないけど
自分にor自分の霊団さんにつながる試み?
手に触れた糸をたぐってみる・・

先日の明治公園からのデモに参加して
演説をされた
福島の武藤類子さんや、
ドイツからのフーベルト・ワイガー氏に興味を持った

武藤さんはハイロアクション福島
ワイガー氏はFoEという国際環境NGO
それぞれ長年行動されてきた方たちだと知って
その言葉の力強さ、説得力に合点がいった

ワイガーさんの講演がいくつか行われたようだが
ネットでもその資料を見つけることが出来た
「原子力のなき未来に向けてのシナリオ
ドイツの経験から」


デモをしながら歩いているときに
すぐそばに、手作りの蜂さんをストローの先にくっつけて
それを持って「オ~!」叫んでいる方がいて

あまりに素敵なので声をかけてみた
その方はお一人で新潟からいらしていて
お話をうかがっているうちにわかったのは
新潟で、はじめはたった6人から
原発、放射能について考える会を作られたそうで
それが今では、未来の新潟のあり方を提案するような
大きなうねりを生み出す会NECOP新潟となっているようだ
なんと素晴らしいのだろうか!

私の住んでいる市でも、
子供の健康を案ずるお母さんから声が上がり
同じ思いを持つ仲間とつながろうとしている

ワイガー氏の講演資料によれば
エネルギーシフト、脱原発の成功の鍵は
多様な市民運動のつながりにあることがわかる

また一方、武藤さんの演説の全文は、ここで読むことが出来るが
言葉の一つ一つに、
大げさではなく、血のにじむような思いが込められている

「原発をなお進めようとする力が
 垂直にそびえる壁ならば
 限りなく横に広がり
 つながり続けていくことが、
 私たちの力です」

これは単なる理想ではなく、実質的な力となることを
ワイガー氏の資料から確信することが出来る

内容もさることながら、自称神秘学徒としては
耳の奥に残る彼女の声の響きの深さを
たとえ忘れたくても忘れることは出来ないだろう



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Jack Rabbit / 風の試練

先日、夫の野球観戦にお供したときに
球場までのドライブに「好きな曲かけていいよ」とのことで

座席の横にあるCDケースを開けてくれたので見ると
「REAL BLUE」というJAZZアルバムを発見した

それをセットしてから、おしゃべりし始めて
明日は反原発デモに参加するのだ~!と
昨今の腹立たしい出来事について息巻いていたのだが

途中、めちゃカッコいい演奏が流れて、しばし中断・・
あ、このピアノ、もしかしたらナントカ・ナントカさん?
(名前が出てこない



やっぱりね!
理知的ハチャメチャさが、カッコいい~

自由になっても薄まってしまわないのは
自分を固定的にとらえていないから?

寄る辺無いことを恐れるのではなく
そこでいかに自分のリズムを作り出せるか

混沌を楽しめる平静さ?

そう言えば 神秘学修行には
火、水、風の試練というものがあり
最後の、「風の試練」の目的は
「無条件な霊の顕現」を実現することらしい

「霊の顕現」なんて言うとお化けが出てきそう ですが
えーっと 多分そんなことではなくて
「霊」っていうのは・・スピリットとか、理念とか、
ある概念とか・・その生きた現れ、みたいなものかな

シュタイナー的には、そいつらの世界があって(霊界 or 理念界)
この世界にも、出たがっている
いや、ほんとはいつもそばにいるんだけど
人間は、見えないものは無いと思ってしまっているから
そんな風に、私はイメージしています

この演奏を聴いていると
きっと、風の試練を通り抜けることは
意外に楽しいに違いない!
っと思えてくる
題名の Jack Rbbit は「野うさぎ」という意味らしいし

なにしろ、彼の演奏はすでに
「無条件な霊の顕現」そのものなんじゃないかしら?って

↓追記 「風の試練」 byシュタイナー  MEMO

「愛国」のあり方とは?/司馬遼太郎さんに学ぶ

前に書いた、リービ英雄さんの「日本語を書く部屋」のなかで、
司馬遼太郎さんとの対談のエッセイがあり、
リービさんは司馬さんを「ディティールを愛する最大級の知性」と評していた
(ところで私はリービさんをカナダ人と書いていたのですが、間違いです!
 アメリカの方でしたごめんなさい!)

ディティールを愛し、しかも最大級の知性というのは面白いと思う
うまく言えないけど、それはなかなか難しいことではないだろうか

中途半端に知性があると、というか知性があるつもりの人は
ディティールを愛することをバカにするというか
そして、スパスパと割り切っていくことを
知性だと勘違いしがちではないだろうか
でも、本来は一つ一つのもの、場所、人、国、出来事の細部を
丁寧に見て、考えていくことこそが、知性で
だから知性の働きは、精神的な愛であると言えるだろう
ただ、あまり細かいところまで見ていくと
総括するのに大変になってくるから、
ざっと見ただけで知ったつもりになりたいのであって
ディティールそのものを愛せる状態で、
しかもその全体に対して知性を働かせることが出来るというのは
やっぱり知性が最大級でなければ出来ないことだ
すぐにわからなくなって、ぼ~っとしてしまう私としては
そんな方に、今いていただきたかったよ~!

なんて・・話がすごくなってしまったけど

先日夫の好きなブックオフに付き合って
100円コーナーで司馬遼太郎さんの本を見つけたので購入してみた


この国のかたち〈1〉 (文春文庫)この国のかたち〈1〉 (文春文庫)
(1993/09)
司馬 遼太郎

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家の片づけをしながら、
息抜きに座ったときに読んでみたら
面白く思ったところがあったのでメモしておこうっと

敗戦までを日本の近代とすれば、その出発点は明治初年の太政官政府にある。それを成立させたのはいうまでもなく明治維新なのだが、革命思想としては貧弱というほかない。

スローガンは、尊王攘夷でしかないのである。外圧に対するいわば悲鳴のようなものなので、フランス革命のように、人類のすべてに通ずる理想のようなものはない。
また人間の基本の課題もほとんど含まれていないのである。
革命が内蔵した思想や熱気、あるいはそれが掲げた理想は遺伝子のようなもので、結局はその後の歴史を規制したり、形付けたり、器の大小を決めたりした。
「異民族をうちはらえ、王を重んじよ」
などとは、まことに若衆組が棒を握って勇んでいるようで、威勢はいいが、近代という豊饒なものを興すテーゼにはならない。このことについては、大正末年から敗戦までの間に“近代”そのものが痩せおとろえてしまたことと思い合わせればいい。

幕末の攘夷書生や処士が鎖国の継続こそ勅諚(ちょくじょう)であるととなえて大暴れし、結果として太政官政が出できると、開国をしてしまった。当時、長州の書生の身から大官になった井上馨のもとに、古い知り合いがやってきて、
「御前、いつ攘夷はおとりやめという勅諚がでました」
というと、井上はそれを言うな、という表現で、噛み付くように、
「あのときは、ああでなきゃいかんかったのだ」
といったといわれる。
人間というのは、よほどな人でないかぎり、自分の村や生国(しょうごく・・今日で言えば母校やひいき球団もコレに入る)に、自己愛の拡大されたものとしての愛をもっている。
社会が広域化するにつれて、この土俗的な感情は、軽度の場合はユーモラスになる。しかし重度の場合は血なまぐさくて、みぐるしい。ついでながら、単なるナショナリズムは愛国という高度の倫理とは別のものである。
幕末の攘夷思想は、革命の実践という面では、ナショナリズムという、可燃性の高い土俗感情に火をつけて回ることだった。政略的には、それによって、“屈辱的”な開国をした幕府を揺さぶり、これを倒すのが目的であった。
ナショナリズムは、本来、静かに眠らせておくべきものなのである。わざわざこれに火をつけてまわるというのは、よほど高度の(あるいは高度に悪質な)政治意図から出る操作というべきで、歴史は、何度もこの手でゆさぶられると、一国一民族は遺滅してしまうという多くの例を遺している。


「可燃性の高い土俗感情」に火をつけてまわることで、
「高度に悪質な政治意図による操作」をしようとする
これは完全に今にあてはまるんじゃ?

尊王攘夷・・「異民族をうちはらえ、王を重んじよ」
これもなんと、現代日本に健在じゃないか?
バラバラに見える様々な動きに翻弄されてしまいがちだけど
本質は案外単純で、幼稚でさえある

「高度に悪質な政治意図」の常套手段め~
しかし、土俗的感情とは言っても、裏返せば
というか普通には、自分の子供を愛するとか
住んでいる地域を愛するという、大切な気持ちなのだから
そのエネルギーを(中央集権的に?)使って、
悪質な政治意図に沿うように転換し
うまく使ってやろう!というのはほんとに卑劣です

それって、みんなのためにと税金を集めて
集まったお金を、ずるい人たち(企業?)に流そうとするのに似ている

お金だけでなく個人的な「愛」も、集めて効率よく使う

いったいどんな「高度に悪質な政治意図」があるのか?
「尊王攘夷」の傾向が社会にあるときには
その影にある意図に敏感にならなくてはとあらためて思います

日本への愛を、叡智ある言葉に転換し、高度な倫理である「愛国」の
あるべき姿を示してくれた司馬さんに感謝です


公的組織の腐敗・ちっちゃい版

職場の改善アンケートに、色々書いて出したのだけど
ほとんどの人は、たいして何も書かなかったらしい
問題意識のあった人は、16.9%だったそうです
結果がまとめられ、報告書が配られた
それに基づいて、また部署での話し合いがあった

でも、問題が一番あると指摘された部署では
上に立つ人が、この提言を無視することに決め込んだようで
話し合いも行わないし、起こすべき行動も行わないとのことで
かといって、それに代わる自分の考えを
表明することもしない感覚は、何なのだろうか?
何を言われようと、のらりくらりやっていれば何とかなるし
それでも時間が過ぎれば給料が出る、心配ないと思っているのか・・
逆に、はじめに問題提起した部署への
いじめ的雰囲気が強くなっているの
守りたいのは、市の福祉ではなくて自分のプライドや
楽してお金が入るポスト?
いけないのは、指摘するやつらだ・・って、
そんな!お代官様、ひどい!
また時代劇的な状況ですが、金さんは出てこないの?

大きな視点がないから、こういうことになるのか
能力の限界なのか
それとものんびりやさんなだけ?

この組織に対して、これからどういう改善方法がありうるのか
それともこのまままなのかしら?
ただのパートおばさんの私ですが
「七瀬ふたたび」の七瀬になった気持ちで、
見守りつつ考えていきたいです



ぼんやり・・頭に浮かんだこと

うーんと・・今日のニュースを見て・・
前原さんの発言は「唐突」ではないのだろうか?
武器輸出を認めないという、
武器輸出三原則を見直したほうがいいなんて
急に・・
そうか、もしかしたら嫌なのかな
脱原発が盛り上がって、それが核廃絶や憲法擁護に結びつくのが
それを警戒する人たちが、いるのかもしれない
前原さんが武器輸出のことを言い出して
石破さんが、党は違っても応援したりする
武器の企業(?)や、原発の企業も、言ってもらいたがっているのか
それにしても、どうしていきなり武器輸出なのだろう?
私にはさっぱりわからなかった

それから、
プルトニウムやストロンチウムやトリチウム
これは、すらすらと言えるようになった!
セシウムだけじゃなくて、いろんな核種があるのですね
それらは色々いっぱい飛び出してきたことがわかって
それはだいぶん前に保安院が資料を出していたのに
気がついた人は少なかったという・・
そんなわけで、それらの物質は
身近なところにもあるかもしれないが
ガイガーカウンターではわからないから
土壌調査をして、拡散分布図を作らなくては安心は無いの
お庭仕事を楽しめるのかどうか?
でも、もうやっている人だっているのに遅すぎるけど
ずぼらな私だって、いっぱい葉っぱを片付けたし
草取りも頑張った

それぞれの物質の性質は?
植物に吸収される?
それがわからないのに、お野菜は大丈夫なのだろうか?
肺にプルトニウムが入ってしまっているかどうか
どうしたらわかるのだろう?
人体から排出するという薬は、どのように活用できるのか
安全も大事だけど、安心も必要です
わかりやすい調査や説明がないと
必要以上の不安なのか、必要な不安なのかわからない

先日歌のレッスンで、
発声練習を少ししただけなのに
目が回って気分が悪くなってしまった
無意識のうちに、いつも小さく空気を吸うようにしていたせいで
肺がびっくりしてしまったのか
貧血気味なので、脳に血が足りなくなったのか
運動不足なのかもしれないと思って、
夜に走りはじめたら、調子がいいです
でも身近な人から、聞いたことも気になります
いつになくずっと下痢が続いたとか
アレルギーが秋には出ないのに今年は出たとか

市内で給食がある中学校で、
一人お弁当を持たしているお母さんがいるそうで
「子供が浮いてしまうよね、
 わざわざ食材を取り寄せているんだって!」
そう職場の人が言うから、
「えーでもわかる!私も心配だもん」と言うと
「そんなの毎日のことなのに やってられなーい」って
うーん、毎日のことだから気になるとも言うが・・

その、お弁当を持たせているお母さんに会いたい
もしも杞憂なら、「ああよかった」と言えるし
杞憂でなかったなら、「そうしていてよかった」と言えるよね!って
このあたりは、案外いなかなのだな
人と違うことをすると「変なの!」と思われてしまって噂になる
時には先生だって、その仲間になってしまう

子供たちが中学校に通っているときに
学校生活は、精神的サバイバル技術の習得場かなと思った
みんなと同じ流れに、もし反していたとしてもちゃんと自分を保つ
権威あるものでも間違いを起こし
その責任を弱いものに押し付けることがある
でも、もし自分に志があるなら、
必ずよき師や仲間に廻りあうことが出来る

原発事故後の日本は、学校みたいになっている?
子供の気持ちがわかるかも
私は、ちゃんと志を持てるかな・・









プロフィール

hasutama

Author:hasutama
神秘学徒hasutamaです・・なんてほんとうは、ただのおばさんです
シュタイナーの著作を読むこと、愛犬をかわいがること、音楽にかかわること、お庭仕事、友人とカフェでおしゃべりすることなどを楽しんでいます

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