認識のさんぽ道

ルドルフ・シュタイナーの著作を楽しみ、 認識の小道散策へ出掛けます
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みどりおじさん

今日は、つらつらと・・独り言してみようかな

人間には見える身体だけでなく
見えていない身体もあるとシュタイナーは言う

いくつかの
普通に考えれば気のせいのような、
でも自分では気のせいではないと感じている出来事から
その体はあるんじゃないか?と思う

見えない身体が、あるという方向性を持ってみると
今度はその方向性のゆえに
よけいそうしたことに敏感になるので
その体の実体について
現状や健康管理について
具体的に考える・・というか感じることが多くなってくる
(妄想の体系化である)

言葉にしてみるのは重要だ
言葉が輪郭となり実質となる
骨みたいな?
そこに感覚が加わる

さっきまでその体は、ぼんやりと漂い
濁って低くたれこむように床に拡散していたけど
洗いものをしながらハンガリー田園幻想曲を聴いていたら
フルートの音色に導かれ
楽曲の構造に支えられて
呼吸できる空間を見出し、
すっと直立した

お皿洗いに伴う、
流れる水や、お皿の、物質としてのありようが
私の感覚に伝わり
私が肉体を使って
それらと関わりを持つことで
そいつの体も、生き生きと躍動し始める

この人は音楽を含めた物質の秩序が好きなのだろうか?

でも私と彼の感覚は
分裂していて
やつはやつで独立して、自分への快感を感じたようだった
それはどういうことなのだろう?

彼は、秩序を自分の体に取り込むとして
その時私は、秩序外にはみ出してしまうのだろうか?

目を閉じ、ハリー・ポッターのように
必要なものにつながろうとしてみる
そのとき私は、彼になるのだろうか?

その彼は、シュタイナーの言うアストラル体?
それともエーテル体?

「みどりおじさん・・」
彼はそう呼んでもらいたいらしいから
エーテル体なのかもしれない

みどりおじさんが弱っていると
私はやる気が出ないのだが
彼はどこかで私を阻害しようとするから
あまり親身になれないのだ

しかし、とにかく
おじさんの存在に気がついたことは進歩である

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ノーサイドでいいの?

党首選が行われ、怨念を越えてとか
党の協力とか
正常な国会運営とか
言われるけれど

自分たちにとって
都合のいいことが
正常で
都合の悪いことは
忘れてノーサイド
みんな儲かる側につこう!
なんてね?

都合の悪い
事実を見ようとすることさえ
激しく妨害されているのでなければいいけれど・・



削除されていたので、再度アップ↓

読書メモ『日本語を書く部屋』リービ・英雄さん


日本語を書く部屋日本語を書く部屋
(2001/01/26)
リービ 英雄

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わっ!うちみたい
「みたい」じゃなくて、うちそのもの

だから読んだわけではなくて、
どうして万葉集を好きになったのだっけ?と
思い返してみたら、以前読んだ、
この方の、万葉集の本(下記)の影響が大きいことに気がついたので
他の著作をもっと読んでみたいと思いました

英語でよむ万葉集 (岩波新書)英語でよむ万葉集 (岩波新書)
(2004/11/19)
リービ 英雄

商品詳細を見る


日本人が書いた万葉集の本よりも
アメリカ人であるこの方の書いたもののほうが
全然ピンとくるのはどうしてなのか

はじめは、私自身が
今まで読んでいたのが、どちらかというと
外国物の翻訳が多かったので
感覚がそうなってしまったのかと思っていました

でも「日本語を書く部屋」を読んでみると
そうではなくて
リービさんの日本語への思いや
万葉集への思いが
日本人自身に比べても劣らないほど
というより、
はるかに優れてそれ以上だからなのだということが
はっきりと理解できます

この方は日本語の持っている価値を、
日本人だけがわかる何かと限定せずに
世界で共有することも出来る普遍的なものとして
異国の人である自分の中に持ち、大切にして、
世界に向かって、また日本人に向かっても、
はっきりした言葉で示そうとしてくれています

そのためになら、中国にも行って、
中国語から日本語を見てみたりもします

それから、ニューヨーク的な価値にとって
日本語的なものが、その反対物となるから
ニューヨークに違和感を感じる自分が
日本語によってそれに対抗しようとしたのだという、
自己発見のお話
(言い方がへたでごめんなさい

日本語へのこだわりが、ものすごいので
日本人なのに
何も考えていないことが
恥ずかしくなってきます

「日本」は、日本人の専売特許ではなくて
普遍的な価値として、人類が共有出来る何かであるということ
その価値の中身を丁寧に明らかにしようとしてくれる彼の
熱意、というか・・突き動かされるようなこだわり方は、
ちょっと、尋常ではないかも?と
思うぐらいです

なぜか昨日見た、想田監督の映画「精神」に出てくる、
精神障害に苦しむ方のお部屋の乱雑さと
この、「日本語を書く部屋」の乱雑さが
共通していることにも興味がわきます

抽象的な物事に集中する能力と
現実の生活に対処する能力のバランス?
集中に意志がある場合と無い場合では違うだろうし
自己評価、肯定感のあるなしも大きいだろうな

自分がこだわってしまうことの意味を
探ろうとする過程そのものを
強く肯定しても良くて
個人的なテーマを掘り下げていくことが
普遍的な価値の発見でもあり得るということ
これは、自称神秘学徒としても大いに励まされます

まとまりませんが、そんなことを感じて
リービさんを、すごく尊敬する私です











変なものたちのおかげ

夏休みで子供たちが帰省し
バタバタと過ごしています

政治や原発はどうなってしまうのかなと
不安を抱きつつも
せっかくの夏休みを
楽しく過ごしてもらいたいと思って
あちこちウロウロするのですが
なんとなく、
最後にはさびしいような気分になってしまうのは
ちょっと鬱なのかもしれません(?)

ハリー・ポッターも見に行きました!
CGを駆使した映像が、美しく迫力があり
はじめ少し、お子様向けじゃないの?と
馬鹿にしていたのは間違いでした~

ハリーが臨死状態になって
ダンブルドア校長と夢の世界で出会うシーンの台詞が
印象に残りました

ハリー「ここは僕の頭の中の世界?」
ダンブルドア「そうじゃ、心の中の世界だ しかしそれが現実ではないと言えるかな?」
「忘れてはいけない、言葉には偉大な力がある」
だったかな・・?

それから面白かったのは
魔法の杖や剣が、人を選ぶところ
物の側にも意志があり
使ってほしい人の前に現れたり
ふさわしくない人の言いなりにはならなかったりする

それから夕べは
「スーパーサイズミー」というDVDを見ました
びっくりしたのは、アメリカの子供たちの
学校でのランチに企業が入っていることです

子供の健康より、企業の利益が優先されているのに
先生も親も気にしていない

企業は宣伝にものすごいお金をかけて
人が健康について考えようとする前に
ジャンクフードを食べることがクールなのだと
アイドルを使ってイメージを作り出し
CMを流しまくってお経のように頭に刷り込んでいる
みんな「カロリー」という言葉さえ知らない

食品会社の企業は、自社の不利益にならないよう
政治や言論に圧力をかける企業をやとっていて
利益になる法案が通るように働きかけ
不利益になる言動をチェックしている

そんな、政治や言論に「圧力をかける屋さん」がいるなんて・・
もう、そういうのは現代の常識なのかしら?
と最後はやっぱりそんなところに話が行き着きます

企業が人の為にあるのではなくて
人が企業のためにあるみたい
なんだか、人間の家畜化というか・・
気持ち悪いです

想像力・・言葉の力・・

信仰というものの無い私ですが
何か崇高なものに奉仕したい気持ちがわいてきます

でも何か外にあるものではなくて
ダンブルドア先生が言ったように
自分の中にある世界でそれを見つけたいな

自分に与えられているものを信じること?
ハリーのように、それができればいいなと思います
そんなことを言う私・・(笑)

あまりに変なものを見ると
逆にそれが力となって
おばさんなのに青春してしまいます

ボルディモートがいたから
ハリーたちが自分たちの力に目覚めて
本当に望んでいるものを再発見できたのかもしれない?

変なものたちよありがとう!
君たちが
君たちに負けない僕たちを育ててくれるなら・・

おしまい









議員さんが脅迫屋さんを発注する?

昨日は地元のことを良く知っている友人にあったら
先日右翼の街宣カーがアジで攻撃したのは
地元の新しい議員のことで
古株の議員達が、議会でいつも居眠りしていることを指摘した為に
そのようなことになったのだと聞きました
「あの人は昔からやんちゃだったから
 一年生議員なのにやりすぎてしまったのね」と
指摘した人がいけないというニュアンスを感じましたが

・・そんなことがあっていいのでしょうか?
そこで、アジ攻撃されたという議員さんが所属している会派の
活動を調べてみると、市のお金の流れを
一つ一つ調査し始めていて
放射線の調査に関しても、地上1メートルだけでなく
保育園の土壌調査、必要な場合の除染
食品の安全の調査等々も要求してくれていて
まったく理にかなった、
市民のお金、命、生活を大切に考えれば
当たり前のことをやってくれているということが
わかりました

ほんとに憶測になるけれど
居眠りの指摘よりもそっちのほうが
つまりお金の流れを明らかにされたり
放射線の情報を市民に知らせたりすることを
なぜか面白く思わない人たちがいて
そっちのほうが
脅迫発注の本当の理由なんじゃないかと思いました

あ~まるでこれ、国の政治の縮図・・
もしかしたら、これはただの一致ではなくて、
そーゆー動きがあったらいつでも街宣カー出すからね!
みたいな、県や国のもっと偉い人たちとの友情が、
いやいや利害関係の結びつきがあるとか?

そういうことで戦車みたいな街宣カーが脅すとは
国として、いったいどういう状況なのかと恐く思います
やっぱり原発関係には、
国粋主義的な思想が関連してくるのかと思ってしまうし
もしあの街宣カーに日の丸や、あの朝日みたいな旗だけでなく
カギ十字もつけてくれれば
まるで対戦前のドイツみたいと
わかりやすくてよかったのかも?

攻撃された会派の議員さんたちは
ツイッターをされていて
市民からも応援のツイートが寄せられており
それを行動に移してくれているにもかかわらず
脅迫的な圧力をかけるのは
市民の言論に対する脅しと言ってもいいのではないかと
感じます(もっとはっきり言うなら「弾圧」です)

夫や家族に、ねえねえ、どう思う?としつこく言うと
夫「そんなもんでしょ、議員なんか、
  土建やでやくざもつるんでるんだし」
私「えー右翼はやくざなの?右翼思想は無いの~?
  そうか、じゃ、力のあるところやお金のあるところに
  雇われて出てくるのかな?
  でもそれじゃ使い走りの脅迫やさんじゃない!」
夫「そりゃそうだよ」
私「わ~ん!」
娘「もう、お母さんそういう話聞きたくないよ~」

おしまい







プロフィール

hasutama

Author:hasutama
神秘学徒hasutamaです・・なんてほんとうは、ただのおばさんです
シュタイナーの著作を読むこと、愛犬をかわいがること、音楽にかかわること、お庭仕事、友人とカフェでおしゃべりすることなどを楽しんでいます

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