認識のさんぽ道

ルドルフ・シュタイナーの著作を楽しみ、 認識の小道散策へ出掛けます
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空と海と、内に向かう無限のこと

はなさかすーさんのブログが、終了されてしまうとのことで・・
わかっていても、そんなはずないのでは?と、どこかで願って
真剣に考えてみないでいるうち
ついにその日が来てしまいました
あまりに残念だと、何も言葉が思い浮かびません

空海か・・・
と、意味も無くつぶやいてみます

あたりまえだけど・・空も、海も、青いです
それはどうしてなのだろう?

科学的には、色々なことが言えるだろうが
青は、内面に向かう光、憧れの力、・・だと
シュタイナーや小泉八雲は言っていた

また、人間の認識には、限界がある、と思われているけれど
シュタイナーは、そう思うことが限界を作ると言った

でもって、空海は、どうして空海という名前なのだろう?

計画停電の夜、蝋燭の光で過ごしていたら
今まで、どこかでだれかに考えられたことのあることや
経験されたことのある出来事の記憶などが
蝋燭の光がゆれるごとに
あちこちから浮かび上がり、こちらに向かってくるような、
不思議な感覚がした

その時、感じたのは
虚空であるはずの場所に、存在する(?)
そうしたものたちの、実感できるあたたかさ、にぎやかさ
・・のようなものだったので
私は、まるでマッチ売りの少女のように嬉しくなった
(名付けて「蝋燭風呂のおばさん」?・・こわいですね

そうだ、そうだ、この感覚をたどってみたら・・
限界だと思っていたところより、もっと向こう側の
はるか昔や、未来や、死者や、宇宙人、妖精・・等々の
異次元からの道をたどってくるものと
仲良くできるのでは?と思った

科学技術によって与えられた便利な日常が、
人間の能力を、薄っぺらなものにするということを意識してみるとしたら?

地球上の大きな体積を占めている、空と海の青が
常に人間に教えてくれているものは何なのか?について
もし、具体的な言葉が思いつかなかったとしても
そのイメージは、いつも人間の内面を勇気付けてくれているのだろう

空海はきっと、そういうイメージを、
ちゃんと受け止め、深めることが出きる人だっただろうな
イメージの力や、認識の無限を、
きっと、はっきりと知っている人だったに違いないと、私は思います

とりとめなく、また意味不明ながら、
はなさかすーさんが、もし今、目の前にいたら
そんなことを、お話してみたいと思いました








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武谷三男さんの「特権と人権」が届いて・・

もーほんとに、わからないことばかりで嫌になりますが

今日は、先日彼岸花さんが紹介してくださった動画の中に出てきた
武谷三男さんの本が届いて嬉しくなりました
ものすごく古い本です↓
特権と人権―不確実性を超える論理 (1979年)

少し読んでみただけで、おーっと倒れそうなぐらい感動して
それからすぐに、ネットでこの方のことを紹介したページをめぐり

最後は「美味しんぼ」の原作者で、
お子さんにシュタイナー教育を受けさせるため
オーストラリアに移住されたということだけは知っていた
雁屋哲さんのブログにたどり着き
びっくりするような記事を発見した

今の日本の一般的な考えからすると
非常にショックな内容となっているが
これを読むと、彼岸花さんが教えてくださった動画の
その背景につながるのかもしれないと感じた↓

鳩山由紀夫氏から菅直人氏へ(1)(2)(3)

ついでにかなり過激に思われる方もいるかもしれないこと↓

メルヘンのなかで、蝶を解き放つ・・

なんでしょう
頭の中が目詰まりしていて
あっ・・おっ・・わっ・・みたいな

何かを感じようとする気持ちが、
機能停止しているのに、どんどん流されて
角が取れて
さらさらの砂浜にたどりついているかもしれない
というか、自分自身が砂の小粒です

それでも、
太陽は今日もサンサンと
春の花々を美しく照らしていた

そして、友人とタリーズで
ドーナツとアールグレーティーをいただきながら
CIAの陰謀と、
散歩中に出会った、
松山ケンイチ似の軽業師(なぜか本当にいた)のことと
娘が、馬術部でラルフローレンのポロシャツが必要だと言い出した話をしたりした

日常が、美しく楽しく
申し分なく恵まれているのに
まるで夢の中のように、違和感がある・・?

自分が書いたことを見て、気が付いたのだけど・・
気分が中原中也化している?↓

一つのメルヘン

秋の夜は、はるかの彼方に、
小石ばかりの、河原があって、
それに陽は、さらさらと
さらさらと射しているのでありました。

陽といっても、まるで珪石か何かのようで、
非常な個体の粉末のようで、
さればこそ、さらさらと
かすかな音を立ててもいるのでした。

さて小石の上に、今しも一つの蝶がとまり、
淡い、それでいてくっきりとした
影を落としているのでした。

やがてその蝶がみえなくなると、いつのまにか、
今迄流れてもいなかった川床に、水は
さらさらと、さらさらと流れているのでありました……

               by 中原中也さん


これは、メルヘンなのだろうか?
このメルヘンは、今の自分にとって
現実よりも現実に近いように感じるのは
いったいどういうことなのだろう?

蝶とは何だろう?
死んだ後の「わたし」だろうか?

生きている間に、その「わたし」はどうしているのだろう?

目をつぶって、手をひらひらとさせてみて
蝶になってみたら?

次に計画停電があったら、蝋燭の光の中で
ないしょでやってみようかな




原発のことを学習する⑩田舎の人にお金を渡して核を我慢してもらうこと

なぜ警告を続けるのか~京大異端児1/4

4/4まであります

全体で50分間の番組

これを見たら、いろいろなことがすっきりと
霧が晴れるようなわかりやすさで
心から納得することが出来た

〈42:00~)

東北大学 討論会「原子力は必要か?」
原子力安全協会 推進派 橡山(とちやま)修さん の発言 ↓
 
「日本の将来にとって、責任のある発言をしなくてはならない
(原子力利用をやめて)本当に大丈夫ですか?」


(番組の最後) 

小出裕章助教授の言葉

「原子力を、選ぶか選ばないかは
 科学者だけの問題ではなく
 一人ひとりの人が
 将来、どういう生き方をし、
 どんな地球に住みたいのか?という問題であり
 皆さん一人ひとりが、考えるしかない」


歌を歌う、私ではない私のこと

水曜日は歌のレッスンだった

この時期、いろいろ忙しいのと
震災や原発のことで
いや、それだけじゃないかもしれないけど

ほんとに、どーうしても!音を出したり声を出したり
リズムに乗ったりする気には、全然なれなくて
本のページが、鉄の扉のように重くなったため
まったく楽譜を開けないまま、次のレッスンに行くことに・・

このところ、うつ傾向で
服一枚着るのもため息まじり
すごく近いのに10分も遅刻して
息も絶え絶え(嘘)やっと先生の家にたどり着いた

もう、声なんか出せないに違いない
脳の芯が、ジーンと麻痺しているようで重いのだし!

ところが
声を出している感覚も無いくらい、頭はぼんやりしているのに
声は、さらりと出てしまった
リズムにのってちゃんと歌ってしまう
いつもより調子がいいくらい

なんでなの?

脳なんて無いほうが、歌はちゃんと歌えるの?
考える機能が停止して
変なところに意識が行かなくなるから?

体め、私を裏切る気か?

私の知らない私が、歌を歌い
そして私ではない私の、歌う歌の
リズムや、メロディや、和音の連なりが、
私を穏やかに整え
心を通じて、どんよりとした血の中に 
晴れやかさや、生きる意志を注ぎ込んでくれた

シュタイナーが、人間の音楽体験について述べていたことを思い出した

原発や震災のことが、普段の生活を機能不全に陥らせ
しかしその中で、普段気が付かなかった本質的なことを
発見する機会を提供してくれているとして・・

同じように、私の中の機能不全が
私を生かしている本質的なものを、知らせてくれるのだろうか?

シュタイナーの人間と音楽についての講義を、もう一度復習してみることにした

[PDF] シュタイナー学校における音楽教育に関する一考察
  柴 山 英 樹 (日本大学大学院)


シュタイナー講義 「人間の音の体験」


 





プロフィール

hasutama

Author:hasutama
神秘学徒hasutamaです・・なんてほんとうは、ただのおばさんです
シュタイナーの著作を読むこと、愛犬をかわいがること、音楽にかかわること、お庭仕事、友人とカフェでおしゃべりすることなどを楽しんでいます

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