認識のさんぽ道

ルドルフ・シュタイナーの著作を楽しみ、 認識の小道散策へ出掛けます
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書物の中で自分に出会う♪

シュタイナーの言葉が
いったいどの本の中で語られていたのか、
それとも、神秘学遊戯団さんとかのサイトで出会ったのだったか
どの本の中でこう言っていた・・みたいに書けるといいのに
それ全然わからなくなっています

というのも、実は今、ふと思い出したシュタイナーの言葉があって
それは・・正確には思い出せないのですが
たしか、自分にある思考が発生すると
次にそれを、書物の中などで文字として見つける
そしてそれから、実生活で体験する

順序違うかもしれないですけど
そんな感じのことです
意味通じてるかな・・?

今日本読んでいたら、それを感じたので
書物の中で、自分自身の考えに文字として出会えた・・
(これってちょっと、ずうずうしいような?)

そう言えばそういう、ヘッセの詩もあったな
あとで、もし見つけたら、書いてみます



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人や自分を霊扱いしてみる

このところ、いろいろな人にあって話す機会があって

あれこれ感じてかなり疲れて、ぼんやりしていました

それにしても、いくらなんでも

ぼんやりしはじめてから、ずいぶんたってしまっていて

それなのに、内面的に何も見つからず

発見する気力も起こらなくて

も~、ほんと年なのよね・・って

頭の中がごちゃごちゃのまま

今朝もまた、ぼ~っと起きだしてきたら

ふいに、どこからともなく

「人間は霊」と

言われたような気がしました

実際には、たぶん自分の頭にそう浮かんだだけですが

これは、スピリチュアルな世界とかでよく言われていることだろうし

全然新しい考えではないのに

一度本当に、そういう前提で世界や人をみると

いったいどうなるのだろ?と興味を持ちました

今まで、本気でそう思ってみたことはない気がします

本当の人間=詩霊であると

ブラウニングの詩だったか、ブレイクの詩だったかにあって

そうだそうだと、思っていたのに

そして自分は、詩霊になりたいと思ってますとか

あやしくもブログにまで書いていたのに

どうしてそれを、もっと真剣に考えてみていないままだったのかな

これから少し真剣に、自分や人を霊扱いしてみようかな~と

でもそれが具体的には、どういうことなのかはわからないです
















ナチュラルホースマンシップ



なんと美しいのでしょう?
馬を御すというよりも
この方と馬が素敵な関係にあるということ
心と心が結ばれていることを感じます
「調和」とか「ハーモニー」とかよく言います
人間と、他の種類の生物との間に
もし、それが成り立つとしたら
どんなに素晴らしいものであるかということ
それが「正しさ」というよりも
ひとつの「美」であると教えていただける気がします
は~・・素敵過ぎてため息が出ます~

☆追記☆
この映像のホンザ・ブラハさんは、シュタイナーと同じクロアチア出身だそうです
私は、彼の雰囲気はすごく独特なものだと感じます 彼はまったく構えたところがなく
もしかしたら、彼と馬、さらには彼と自然との間には境界がなくて、彼は対象の中に
物質的な壁を通り抜けて、すーっと入っていけるのではないかしら?そんな想像を
してしまいます シュタイナーがクロアチアで育ったことは、シュタイナーにとって
何だったのでしょう? クロアチアの方はみんな、物質的な壁を通り抜ける素質を
持っているとか? クロアチアという国に、とても興味がわいてきました


人間の成熟と動物たちとの未来のこと

(注)タイトルがちょっとすごすぎるかもしれません

金曜日から一泊でお出かけしてきます

行く先は?
牧場です 
ホースセラピーというものの、講座を受けてこようと思います

動物が大好き!・・というほどではない私です
でも、犬を飼ってから、昔よりは動物に親しみが持てるようになりました
犬の行動を見ていると、人を思う気持ちの誠実さを強く感じます
そのまっすぐな思いは、せつなくなるほどで

どうしてかわからないけど
動物に対しては
ごめんよ  と感じます

動物のままにしてすまん・・みたいな

あ、でもゴ○ブリさんにもそう思うかというと・・
なにしろ出会っている状態がびっくりしすぎているので
そんなこと思う余裕もないし、命がどうとか、
虫にもそんなこと言える人いるのかな

しかし、もしゆっくり考えるとしたら
やっぱりごめんになるのかもしれないです

おそらく、シュタイナーの動物観に影響されているせいです

シュタイナーによれば
動物は、人間が進化(霊的な)の過程で排除してきたものが姿をとったもので
それらを排除することで、人間は今の人間となることが出来たのだとか・・

それを考えると・・もしそうなのだとしたら
今の自分があるのも、君らのおかげということになります

理解が浅く、うまく表現できませんが

シュタイナーが続けて言うには
人間の未来の課題として
人間が人間となる過程で踏み台にしてきたものたちとの関係を
どのようなものにするか?ということがあるのだそうです

この話には、けっこう共感するところあり・・です
犬を飼っていると実感できるというか
自分の楽しみとか、進化みたいなことより
あるいは、経済性や、効率よりも
犬と過ごす時間そのものを大切に出来るか
ついつい、自分の面白く思うことに夢中になって
犬の気持をおざなりにしてしまいます
犬のほうでは、人間といることそのものが、すごい幸福な様子なので
そんなに思ってくれるものに対して、自分が何を出来るのかと考えさせられます

もし、犬の思いを大切にすることが、自分の成熟にもつながるなら
そんな良いことはないです
ちょっとこれ、動機が不純かも知れませんが・・
自分がどんどん進んでいくことよりも
いや、進むのはいいのですが
逆に、より進んでいこうとするなら
自分をここまで進めてくれたものたちの
せめてその思いを、見つけることが出来なければいけないのではないかな~と反省します

7月に阿蘇に行った折には、
馬や牛たちが、どこまでも続く草原でのんびりと過ごしているのをみて
自分自身が、とても解き放たれた気持ちがしました
世の中に苦しんでいるものがいるうちは
自分自身も幸福にはなりたくない、なれない・・などと聞くことがあって
自分はそこまでは思えない、利己的な人だと思います
でも、動物の幸せそうな姿に、嬉しくなるぐらいのことなら自然に感じることが出来る

動物と人間の関係は、どんなふうに出来る可能性があるのだろう?
これなら、とても興味が持てる課題です
これは、私の苦手な「白い道」に通じそうな話だし
でも・・話が大きすぎて、何をしたらいいのかわからない
せめてまず、お世話になっている、動物のことをもっと知りたいです










アンネありがとう♪

お友達がブログに貼って下さっている、地球の名言がとても素敵だったので・・

私の
想像の翼は
閉じ込められても
閉じ込められても

はばたき続けるの

(アンネ・フランク)


前に書いた、シュタイナーの「個我と蝶」のことを思い出した

アンネが、暗い隠れ家の部屋で
次々と色とりどりの蝶を解き放っていく様子が、美しく目に浮かぶ
人間は、なんと素敵な能力を与えられているのだろう
アンネの、この言葉のくれたイメージを大事にして
主婦しながら蝶を羽ばたかせるおばさん・・出来るといいなと思いました




プロフィール

hasutama

Author:hasutama
神秘学徒hasutamaです・・なんてほんとうは、ただのおばさんです
シュタイナーの著作を読むこと、愛犬をかわいがること、音楽にかかわること、お庭仕事、友人とカフェでおしゃべりすることなどを楽しんでいます

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