認識のさんぽ道

ルドルフ・シュタイナーの著作を楽しみ、 認識の小道散策へ出掛けます
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先生はバレー侍!

バレー部が、おっとっとな感じになってきました
(いい感じなおっとっと・・)

話は複雑になりますが、今どきの子供のスポーツ事情とでもいうか
とにかく小さいうちからやらせて、越境してでも強い学校へ入って・・
みたいなことは、よくあるようです

娘が中学に入って「少し大変でもバレー部に入って頑張ってみたい」と言ったときには
「そうか、じゃあ応援するね」と単純に言ったものでしたが
ジュニアバレーに子供が行っている友人に
「うちもバレー始めたのよ」と言ったら
「え~もったいない!もっと早くからうちのチームに来てればよかったのに」って・・???

実は娘の中学の学区内には、全国大会まで進んだジュニアチームがあります
でも、そのチームの子は、娘の中学には入学しません
ジュニアのコーチと部の先生とのつながりで、バレーの強い学校に入り
電車に乗ったり、親が送迎したりして通学しています
公立の中学でもそんな事があるなんて、正直びっくりしてしまいます

そんなわけで入部したときのバレー部一年は、みんな中学でバレーをはじめた「素人集団」でしたし
先輩も3年に3人がいるだけで、2年はおらず廃部寸前でした
先輩たちの時代は、人数が足りないため、他の学校との合体でなんとか非公式な試合に出るだけでした
年に一度、市内交流大会に合体チームで出場したときのこと・・その全国大会出場のジュニアチームと対戦したら
ジュニア側はベストメンバーを出さず、低学年の子を練習がてら出してきたのだそうですよ・・

そんな複雑な裏事情がありまして・・
ぶっちゃけ、
うちのバレー部、完全にコケにされ続けてきたわけですよ(被害者意識入ります・・)

ところが、面白いことがあります!
娘が中学に入ったときに、新しい先生が赴任されバレーの顧問になりました
そして、ド素人のうちの子達に向かって
「夢は関東、全国だ!」と、本気で言って下さったのです!
そのときは、「この人は・・・だな!」と、胸が熱くなる気がしたものです
大変厳しい指導で、18人も居た部員は9人に減り・・親の先生批判もすごいです
ジュニアがいないのに関東全国??って、みんなに笑われました

ところが、ここへ来て、痛快なことが起こってきています
3年目に入り
越境して行った子たちのチームに、うちのチームが勝つ・・
そんな事が頻繁になってきました・・♪

ジュニアチームの新一年生は、もうすでに越境入学していますが
越境した学校がうちに負けるのを見て、転校して戻って来ようかな??と考えているのだという
そんな噂が耳に入ってきます
(・・ったく、少しでも得をしようと右往左往する者たちよ・・)

内外の人たちの、急に手のひらを返したような態度
「おぬしら・・恥を知れ!」と言いたくもなりますが
まあいいでしょう、その良心の呵責もプラスで
今後、あとちょっとだけど・・最大限に協力してくれれば
なんと言っても、一番頑張って来た人が、一番喜びも得るのですし

先生に一生懸命ついてきて良かったな~と、感謝や嬉しさが心の底からこみ上げてきます
まるでドラマの中にいるみたい
(あれ?これ自分のドラマじゃなくて、子供たちのでしたっけ・・?)
でも、今はまだ感動している場合ではなく、まだまだこれからが正念場です

明日は県大会!応援頑張ってきます
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人生に意識的であるとは・・?

思考・感情・意志 の中で

自分が一番得意なのは思考です

ところが、思考ばかりしてきたので

他は衰えてしまった気がします

感情や意志は

それでそういったものは、外側から私に向かってバランスをとってきました

私の意志や感情が、外側から私に向かって襲いかかって来るかのように

それって面白いことですよね

最近忙しすぎて疲れてしまったのですが

そういうとき思考が麻痺してボーゼンとした状態で

そのことが、そのイメージがどこからともなく浮かび上がってきたとき

すごくこの数年というものが腑に落ちる気がしました

それでこれからは、自分が意志や感情をきちんと持つのだと

思考と同じように意識的にそうしたいと思って

そのことを思えたことで

きっと人生は、また違った形で私に向かい始めるに違いなく

またまた今後の人生の出会いが

すごく楽しみに思われます

「人が何かを肯定しないならば、人間にとって本当の出会いというものは訪れないのです」

シュタイナーが言っていたことが、どのように追認できるのかという意味でも

自分が何を肯定しているのかということに

また何を肯定したいと思っているのか

何を無意識に否定しているのかに

意識的であってみたいと思います


食べる

食べるのが苦手です・・

・・と言うなら、よっぽど痩せていないとつじつまが合わないはず

なのに・・この肉付きの良い身体はいかに?

なぜ人間は食べるんだ!

などと、人類の問題にするよりも

それなら自分が食わなきゃいいだけのことですが

今日もまた、積極的においしいパン屋さんでランチして

それだけでなく大量に葡萄パンを買い込んだのだし

仕事の途中、時間調整でコンビニに寄ったら

ちゃんとマカデミアナッツチョコ2袋も買って

即座にぱくぱくと口に放り込んだのだった


しかし、それでも私は食べるということが

なぜ人間に必要なのか?ということには

常に腹立たしい思いでこだわりを持っており・・

憧れているのは、とりあえず最低はヴィーガン状態になることで

ゆくゆくは、光やオーロラを食べて生きられないものかと思っているものなのである







楽器化する私

自分の人生で起こってはいけないことが予定されてしまいました

作曲家氏と一緒に、彼のピアノ伴奏で舞台で歌うことになってしまいました

自分的には、すごく無理!だったけど
(何が無理って、まず視覚的に、舞台にのるような存在ではない~)

作曲家氏には良い機会かもしれなく・・

彼の曲も歌っていいとのことなので

それだと作詞した人とか、いろいろと喜ぶ人が多いし

作曲家氏のピアノ独奏もして良いそうで

作曲家氏は大好きな英雄ポロネーズを弾くって言って

ニコニコしはじめたので

む~・・もう、やるしかない!

こんなことでも無ければ、もう歌なんてやめる寸前だったのだし

直接曲に取り組むことで、なんとかモチベーション上げていけるかもしれないし・・

やる以上は・・もう自分であることなんて忘れて

自分の肉体を、楽器として奉げてみてはどうだろう?

歌の女神が、私に期間限定で憑依してくれないかな

曲の魂を理解し、表現の拠りしろとなれますように!

おばさんと星さんと風さんの・・メルヒェン♪

どうして神秘学徒などと自分のことを言うのか?
それを話すときっと、何かの宗教の入信話みたいなものになってしまう気がする

そのように思われることは客観的にわかるし
そういう話をするのは何か滑稽な気がして
いまだクールなドライなポーズつけたいと思っている私は
そういう話はあまりしたくない

でも大体が、決心して何かをするということは
一生懸命やればやるほど、どこか滑稽なものなのだし
かっこつけようとするほうが、潔くないというか
そんな気もしてきた

以前本を読んでいて、なぜか心引かれノートにメモした
「人が何かを意志して行うとき、それはすでに狂気である」という言葉
そのときは意味不明だったけど
人それぞれの動機の中には、理性では説明のつきにくいものが
すでに含まれているということなのだろうか?
一般的にそうなの?

それなら私も、自分の狂気じみた動機を
オープンなものにしてみてもおかしくないのだろうか?

私は・・いやいや・・むか~しむか~しあるところに
ひとりのおばさんがいました

おばさんには悩みごとあって、だれにもわかってもらえず
とっても悲しい気持ちでいたそうな

するとあるとき、おばさんがパート先の朝礼で
ぼんやりと上司の話を聞いていると

星さんが急にスウ~っと流れてきて
おばさんの目の中に入り込んだかと思うと、キラキラと点滅しながら
「ここまでおいでよ、君なら来れる♪」と話しかけました

それからまたあるとき、おばさんが仕事をしながら駆け回っているとき
ふとたたずんだ瞬間に
風さんが、どこからともなくふ~っとやわらかく吹き抜けました
そしておばさんの頬をやさしく撫でて
「全てのものには、感情があるのよ~」と言いました・・とさ

だから神秘学徒になって
みんなからもっと話を聞いてみようと思ったんですよね!・・って
メルヘンでしょ!?
プロフィール

hasutama

Author:hasutama
神秘学徒hasutamaです・・なんてほんとうは、ただのおばさんです
シュタイナーの著作を読むこと、愛犬をかわいがること、音楽にかかわること、お庭仕事、友人とカフェでおしゃべりすることなどを楽しんでいます

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