認識のさんぽ道

ルドルフ・シュタイナーの著作を楽しみ、 認識の小道散策へ出掛けます
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シュタイナーの著作と講義とその世界観と提示された課題の前で

シュタイナーの書き残してくれた著作の数々

ノートされた講義の数々は

その内容が、とてもすぐには理解できそうも無いことを置いといて

ただ読むだけでも相当な量です

それにあらゆる分野に及んでいて

その基礎知識なしには読みづらいこともよくあります

シュタイナーの著作に出会って十数年経っているのに

もちろん未だに全部読んでなんかいませんし、読んだものもチンプンカンなことが多い

たくさんの翻訳をしてくださっている西川隆範さんでさえ

本の前書きか何かに

内容を理解するのにこの一回の人生だけでは足りない

何回かの転生が必要である・・とか書いていらしたように記憶しています

まったく冗談みたいな話です

いったいいつになったら彼の著作を読み終わるのか

また、書いてあることの意味、彼の世界観を理解する日が来るのか

そして、自分に彼の言うような世界の見方が出来るようになるのか

自分自身の霊的な感覚器官を育てることが出来るのか

特にアーカーシャ年代記を読んだときには

?????に取り囲まれ、埋没して立ち上がれないほどでした

しかし、何年かおいて他の著作をかなり読んだあとでもう一度読んでみると

前よりは、ほんの少しだけなるほどねと思えるところが出来たような気がしました

いったい、彼の著作を読まれる方々はどんな風に理解を進めていかれるのか

ぜひぜひ教えていただきたいといつも願っています



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音の喜び



今日は作曲家である友人のおうちでピアノの演奏を聞かせていただきました

音楽は本当に素人でよくわかりません

でも私は彼の演奏を聴きはじめるとすぐに

音の世界に入り込んでしまったような

不思議な感覚に包まれました

彼の演奏レベルとか、そういう評価は私には出来ません

でも思ったことは、シュタイナーぽく考えるなら

彼は音楽の世界に帰依していて

彼が弾くというよりも、彼を通じて音楽はこの世に現れている

そして聞いている私も彼が開いてくれた世界へと旅することが出来た

ちょっと大げさですけれど、そのぐらい彼の弾いてくれた

ドビュッシーやベートーベンは音の喜びに満ちていました

この場合の主語は何なのか・・私なのか、音なのかという意味ですが

音そのものがその存在を喜んでいる

私も音と一体になって喜んでしまった

そんな気がします

彼が作曲した弦楽四重奏は、まだ演奏される機会が無いとのことでした

いったいどんな曲でしょう

ベートーベンの弦楽四重奏を聞きながら、想像してみています

自分にあたえられた今日について

今日がどんな日だったかを考えてみると
いろいろな個人的なことで一日は過ぎていきました

本当に個人的なことです

でも、もしシュタイナーが言うように
自分自身の思考を自分自身の現実として迎えたのなら

私は私の現実に責任を感じるというか
そこから感じたことを大切にしないなら
その現実を体験したことがもったいないとも言える気がします

何より、そうした眼差しで自分の現実をとらえてみるとすごく面白い

かかえきれないほどのプレゼント
それが現在(present)だな~って

ちょっとまとまりすぎてしまいました







シュタイナーの本を読んで、自分が思いついたことを大切にする

シュタイナーの本を読むととっても面白くて
びっくりしたり納得したりえ~まさか!と思ったりします
また、自分自身の日常にも彼に触発された感覚から、いろいろな発見があります
でもすぐに忘れてしまうので
ここに書いて、イメージを膨らませてみようと思います


プロフィール

hasutama

Author:hasutama
神秘学徒hasutamaです・・なんてほんとうは、ただのおばさんです
シュタイナーの著作を読むこと、愛犬をかわいがること、音楽にかかわること、お庭仕事、友人とカフェでおしゃべりすることなどを楽しんでいます

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