認識のさんぽ道

ルドルフ・シュタイナーの著作を楽しみ、 認識の小道散策へ出掛けます
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マイケルKの印象/試論

以前読んだ本の主人公マイケルKのことをよく思い出す

戦時下にあって、何の主張をするでもなく、戦うでもなく、誰かと強い絆で繋がるでもなく、保護を受けるでもなく…

少し障害があって、土に穴を掘って隠れながらかぼちゃを育てたり、長い間眠り込んだりする彼

ひどく個人的な祈りみたいな生き方ってあるのかな

祈りは証明でも主張でもない

いや祈りと言っても、人間社会、人間に対するものではないし、神を想定したものでもない

分類がない場合、人は、というか、存在するってどういう感じかな
いやいや、存在するとかしないとか、それも興味はなくなって

その感じが、なぜか先日「徒然草展」で見かけた日本の昔の挿し絵の印象に繋がる

松が描かれ、その下に小さな小さな通行人が描かれる

草とアリも、松と人も同じ扱いである

素っ気ないほどの同質というのがヒントなら

そもそも、
祈りという意味で世界が存在しているのである
しかし目的意識によっては、そこに着地することは出来ない

マイケルKは穴を掘って、地中に体を横たえ、目を閉じる
かぼちゃの種を大切にしていた彼だけど、それじゃ彼も種みたい

つまり、彼は世界側に所属しているのだ






おしまい




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神秘学と哲学

「シュタイナー哲学入門 」高橋巌 著 メモ

《 哲学と神秘学》

共通点

宇宙、あるいは世界と人間の問題を、その根底まで突き進んで把握しようとする

違い

☻哲学

認識したことを概念化、論理化

獲得された認識内容を一般に通用する形で表現しようとする

☻神秘学

理論上の可能性として、認識の限界を設けない

どこまでも体験を深めようとする


★彡★彡★彡★彡★彡★彡★彡★彡


哲学と神秘学は、同じものの二つの側面を表す二つの言葉

・宇宙あるいは世界の問題と人間の問題
・外部の問題と内部の問題
との関わりにおいて、

哲学は顕教的(エクソテリック)
神秘学は秘教的(エソテリック)

哲学は、神秘学の対社会的な側面

神秘学は、哲学と共有する内容の内的な側面

★彡★彡★彡★彡★彡★彡★彡★彡

hasutamaイメージ

「自由の哲学」との関連で


意識があって、観察と思考が対立項としてあるとすると、(この対立項こそ、あらゆる対立項の中で重要、根源的であるとシュタイナーは「自由の哲学」の中で述べている)

自分の意識が外側の世界を観察し、
その観察内容を、意識の内側で思考することで、認識内容を得る

意識の内側の思考の体験を、さらに内側の地点にたどれば神秘学になる

観察した対象があった世界の側に、認識内容を差し出す時には哲学の形をとる

★彡★彡★彡★彡★彡★彡★彡★彡★彡

追記

世界と人間 と考えるとき、内側と外側の話になる のは、自意識の存在形式のためであるとすると、

もし自意識の存在形式が変化するなら、世界と人間、内側と外側のあり方も変化する

そういう方法論の中に実験的に存在してみようとする場合、自意識が人間の全存在を含めるなら、その実験を「生きる」ということになる

プラトン 著作執筆の動機

「ギリシア哲学史」加藤信朗 note

プラトンの属していた貴族階層の政治理念は 寡頭制への傾きを持ち、これと混在していた

これに対する民衆階層の政治理念は、専制僭主制への願望を底に宿し、そこへ転落する危機をはらんでいた

(プラトンは)
それぞれの代表者をソクラテスと対話させることで、その虚偽の根底を暴きだし、人間の共同体がそれにもとづいて成り立つ真の根拠が何であるかを明らかにしようとした


それは、アテナイのあるがままの姿を示し、それが何ゆえソクラテスを殺さざるをえなかったかを露わにすることでもあった

それはまた同時に、そもそも人間の本性が何であり、人間の本性のどこに虚偽への傾きが隠されているのか、またどこにこの人間の種族を真実へと引き戻す力がありうるのかを示すこと

哲学の場所自体を弁証すること

初期の対話篇はまさにこのために書かれている

「国家」篇はその終極に位置し

中期および後期の対話篇は、この同じ一つの哲学の弁証であり、展開であった



シュタイナーの主著と言われる「自由の哲学」を読み始めたのはいいけど言葉の使い方が不思議で、意味がわからない
仕方ないので、関わりのありそうな哲学者の言ったことを多少なりとも理解してみようと思う

堅苦しい言葉が多いけど、ここはなかなか面白いと思った

西洋哲学の始まりはソクラテスのようだけど、ソクラテスは著書を記さなかったから、プラトンによるソクラテスの対話の記録から始まっているらしい
で、プラトンはどうしてそれを書き始めたかというと、その動機は上記のことによるのではないかと加藤さん は教えてくれている

「知るを愛する」の始祖であるソクラテスは、民主政治の始まりの地でもあるアテナイで、なぜ死刑に処されなければならなかったのだろう?とプラトンは考えて、そこから哲学か始まっているとしたら、それってすごく現代的というか、何も変わってないというか

その「なんで?」から始まる哲学に共感できる気もするし、哲学は無力だなという気もする

庭仕事&読書

今日はバラ園がお休みで、晴れれば稲刈りをする予定だった
先日みんなで稲架(はざ)立てをして、稲を干す準備は完了していた

でも、秋は秋で植物の仕事が山のようにある

いったん庭に出ると、やらなければならないことが山積している
まわりを家々に囲まれて日が当たらない狭い庭だというのに、あっちを掘り、こっちに植え付け、種を取り、挿し木をして、どろどろになりながらウロウロする
ビオラの摘芯をして挿し木にする前に、お花はかわいいから押し花にしなければならないし、種から育てたのに、まだ小さなポットに入ったままになっていたバジルとイタリアンパセリは、ハーブたちと寄せ植えにしてみたり
そのときには、そうだ、まだ植えていないスノードロップの球根も、一緒に植えてみよう! なんて調子でやっていたら、雨がポツポツ降りはじめた
これでは稲は延期にしなきゃ

やらなきゃやらなきゃと焦るが、 冷静になって考えてみれば、実際どれぐらいやらなきゃいけないのかというと、全然やらなくてもいいようなことである

カレル・チャペック著「園芸家12ヶ月」に出てくる園芸家を思い出して、可笑しくなってしまう

仕方がないので、午後は図書館に返さなければならない本を読んだ

シュティルナーの本を貸出期限を延長しても読了できなかったので、間を空けることにして、借りてきたのは、

南アフリカの内戦の混乱の差中、カボチャの種を持ってさまようガーデナー、マイケル・Kの話

マイケルK
マイケル・K (ちくま文庫)マイケル・K (ちくま文庫)
(2006/08)
J.M. クッツェー

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北アフリカの内戦て、いったい誰と誰が戦ったのか知らない
でもこの本の主人公のマイケルKも、それを知らないようだ

内戦の混乱の中で、土に掘った穴に隠れながらカボチャを育てるマイケル
戦時下の自然農
彼は、保護や慈善の対象となる必要を感じていない
それよりは、緑の中で横たわって、自分を取り戻そうとする
観念的にそう考えているのではなくて、彼には解るらしい
大地は、死の安らかさをも与えてくれるのだろうか?
死ぬとか生きるとか、愛するとか戦うとか、それも観念なのかもしれない
カボチャの種や大地と直接に交歓したら、というか対象としてではなく一体になって生きてみたらわかることがあるのかもしれない
おそらく、どれだけ豊かに与えられているかということなのだろうが、その豊かさは物質的なだけではなくて、想像ではわからないような、生死を超えた豊かさなのかもしれない

それから、石牟礼さんの「苦界浄土」も借りていた
有機水銀が海に流れ出る様子が、現在の放射能汚染水とだぶってしまう 一工場の罪というより、「文明の災禍」が目に見える形で現れたということだったら、文明をどう転換すればいいのだろう ?「文明」ではないマイケル・Kを見習ってみるのはどうだろう?
司馬遼太郎さんが、「これからは明るい絶望が必要だ」と言っていたのはどういうことだろう?明るい絶望という言葉は、マイケル・Kにもあてはまりそうだから

ちなみにカレル・チャペックはユダヤ人だった
ナチスが彼の自宅に踏み込んで来る4ヶ月前に、彼は嵐の後の庭仕事を頑張った為にひいた風邪をこじらせて亡くなっていたそうだ




とりあえず、稲刈りは金曜日に延期である

「哄笑するエゴイスト マックス・シュティルナー」読書メモ

普遍と特殊との関係をめぐる議論

1 個別特殊性の上位に立ちそれらを統一的に把握しようとする普遍主義的視点

2 具体的状況に即応した妥当性を要求する個別具体的な視点

1の倫理学の古典的典拠としてカントの合理主義哲学が批判されることが多くなっている

形式的な普遍妥当性を持つ道徳法則の支配が個人の感性や傾向性を抑圧

ナチズム、スターリニズム が

自然抑圧的な文明過程のひとつの帰結であるとさえ論じられる

理性的自律思想の旗色は悪く、理性という言葉はいまではむしろ否定的なニュアンスをこめて語られてさえいる

…つづく



竹細工
プロフィール

hasutama

Author:hasutama
神秘学徒hasutamaです・・なんてほんとうは、ただのおばさんです
シュタイナーの著作を読むこと、愛犬をかわいがること、音楽にかかわること、お庭仕事、友人とカフェでおしゃべりすることなどを楽しんでいます

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