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認識のさんぽ道

ルドルフ・シュタイナーの著作を楽しみ、 認識の小道散策へ出掛けます

認識の小道のこと

ネット上のコメントから、長ーーい道のりを経て(人生の?)
このブログのネーミングにもなっているシュタイナーの「認識の小道」を
ネットで読書会していらっしゃるという、なんと稀有な、
素晴らしすぎるグループにお誘いいただき、
参加させていただけることになって、めっちゃ嬉しいな~

神秘学徒hasutamaという名前も、「認識の小道」から考えたものだし
っていう、原点みたいなものを思い出した
まさかね、さすがのシュタイナーもこんなことが起こるなんて
想像できなかったんじゃないかしら
日本で、「認識の小道」をネット上で読書会するなんてこと

それとも、霊界のシュタイナーはお見通しで、
それどころか、実はそのセッティングにニコニコと霊光でも送って、
このタイミング、このタイミング・・みたいな感じに、
色々なことを采配してくれていたんだったりして

きっとそうなのだろう
そうとしか思えないようなベストタイミングで
すべてのことはYESと言ってくれるのではないだろうか

誰が?オノヨーコさんかな
日常は流れて行く、でも実は気づこうとするだけでいつもある「求めていたもの」

なぜそこにあるのかわからない一人でしか昇れないような白い梯子
それでも恐る恐る上ってみようとする人にだけ、明かされることがある
結論は、拡大鏡で見ないとわからないような小ささで書かれている

身近な場所、勇気をもって行こうとする者には必ずたどり着ける在り方で・・ね
それは認識の小道のありかたそのもの

なーんて、けむに巻いて・・
「認識の小道」のこと、
ちゃんと言葉にできるようにしたいと思う

おしまい

トイトイ、プッカに助けられている介護生活

寝たきりの母を病院から迎えて、もう少しで一か月
なかなかうまくやれているよ、自分
いい子いい子と褒めてあげることにする

母の状況もやっとわかってきて
一日をどう過ごせばいいのか
自分の能力で、出来る最大限は何なのか把握できて
それに合わせて工夫した生活スタイルが出来つつある

自分を犠牲にするのではなくて
トイトイやプッカ、娘、私の楽しい生活との
ベストバランスは何なのか?ということ

認知症の周辺症状(すごい言い方・・)も
心もち落ち着いてきた気がする
それとも慣れちゃったのかな

母は自分の状況が全く分かっていなくて
今初めて!というように驚いて
助けて~と言い続ける・・(;'∀')

ここに書いてみると、それもかわいい気がするんだけど・・
そーとーな労力かけて、今やってあげたばかりでしょ!!
と怒りモードを抑えてイライラ・・

でもふと見ると心配顔のトイトイがいる
癒されるな~~~♡
ごめんごめん!心配かけて
トイトイ大好きよ、(*´ε`*)チュッチュ・・となる
あはは

険悪なムードとなると
トイトイは母と私の間に横たわり、
慈愛の眼差しで私の顔を見つめてくれる
トイトイいつもありがとう♡
トイトイがいてくれてほんとによかった!

じゃあプッカは?と言えば、
相変わらず一番ふわふわのマットの上で
まったりとしていらっしゃる
そんなあなたにも癒されるの♡

さっきのイライラもどこへやら・・
ほんとに犬バカなのでした

おわり


穴蔵からの志と、それを発芽させる場のこと

普段スマホばかり使っていて
パソコンを開く時間は持ちにくかった
スマホではFBで友人の発信を見て気が向くとコメントをしたり
時々良いと思ったことをシェアしたり

久しぶりにこうしてパソコンを開いて
自分の言葉をブログにのせてみて思うのは
ブログは相当独善的になれる
その気持ちよさと同時に
穴倉に落ち込んでいくような感じもある
あるいは、自分の穴蔵からなんか持ってきて
「ほら!」と手のひらを広げてみるような

「穴倉」は「穴蔵」とも書くようだ
シュタイナーなら、
内面の穴蔵は閉じられたものではないと言ってくれるだろう
グリムの昔話にもよく出てくるこの異世界への穴は
人間の精神的成長への驚くようなきっかけを与えてくれる
その穴こそが、この世界とはまた違った形の
叡智が充満する場への入り口なのです・・
と言ったかどうだか

でもシュタイナーも行きつくところまで行って
見つけた宝たちをどう共有できるのかと考えたのではないだろうか
神秘学から人智学へと

共有ってどちらかというと苦手
でもとても大切なことだと最近思っていて・・

どのような言葉で
いや言葉に限らず
色や踊りなどでも?
共有できることにつてもっと考えたい
「志」を持ってみたいと思う

この「志」が伸びていけば
穴蔵からの発芽となるかもしれない
穴蔵上の地面に
温かい光や、かぐわしい空気を感じて
外界を信頼できると察知した志は
芽を出したい!とこちらに伸びていきたい!と
方向性を見つけられるのだろう

人や場を信頼できるってとても大切なこと
シュタイナー教育に関わる方々の場づくりは
そのような温かみに満ちていることを
この数年色々なところにお邪魔してみていつも感じている

丁寧に、人と人のつながりの中で築かれていったもの
恩寵空間とでも言いたくなるような
かわいくて素敵なものだ
それを日々作って下さる方がいて
人を包み込むように育んでいること
本当に有難く素晴らしいことだと思う

おわり






AD8年生の母

2014年の秋に母と出かけたリンゴ狩りのことを
このブログに書いていたのを見つけた

実はそのころ、母は大好きなおしゃれをしなくなって
洋裁教室の生徒さんをお断りして
なんだかぼんやりとしてしまっていた
ちょっとどこかに連れて行って気分転換をと考えたのだった

ところがリンゴ狩りから帰ると、大金の入ったお財布を
レジのところに置いて来てしまって
それを誰かが盗ったのだと言う・・

2014年の春に、母の大好きだったお兄さんが亡くなって
そのことは相当なショックだったようだ
母のところに行ってみると
気力がへたるとそんなことってあるのか
急に足が弱ってダイニングの椅子からも立ち上がれないぐらいで
顔つきも生気がなく、ほけーっとしていた

もっと前から始まっていたのかもしれないけど
とにかくあれから6年で
見つかった時には2年は経過しているものだというから
今はアルツハイマー8年目ということになる

死に至る病なのだが、自覚がない
だから寝たきりなのに「お昼ご飯を食べに行きましょうよ」と言うのは
ここに書いてみるとかわいい気もするんだけど
まだ一週間も来てから経っていないのに
うんざり!って思ってしまう・・汗

せめて虐待しないように・・
ここで愚痴ってしまおうかと思う
何がブッパッサナー・・
今、ここで、この出会い方にも意味があるのかしら???

オイリュトミー

朝、トイトイとプッカをドッグランで遊ばせる
朝の木立はとても気持ちがいい

犬たちのおトイレや運動がある程度終わったら
私も「オイリュトミー」を行う
シュタイナー教育で取り入れられているダンスのようなものなのだけど
・・うまく説明できない

オイリュトミーは室内で行うものだということで
屋外で行うのは違うらしいけれども
正直、私はそれは気にならないのである

私は私というひとまとまりではあるかもしれないが
それは皮膚で外界と遮断されてることによる以外、何なのだろう
「私は私である」という意識、これが私を私たらしめている

しかしそれ以外には、完全に私と言えるものは少ないのではないだろうか
私の中に風が吹く
と言ったら変だろうか
呼吸するとき、私の中に外気を取り入れている
水も流れる
色々なものが私の中を通り抜けながら、その働きで私を構成している
このイメージを拡張してみると

言葉がはじめにあり
言葉によって世界が成り立った

が、ちょっとだけわかる気がしてくる(?)
音が波紋というか、風紋のようなものを作るように
私たちの本質的な(?)ありようを、音が構成しているとしたら?

実際オイリュトミーをやってみたら
私はそのことをとても理解できる気がした

私の中にあって、世界の中にもある
私を助けているもの
「言葉たち」に親しむことは楽しい

古代帰りのような
カゲロウみたいな踊り
オイリュトミーについては
頭を整理するつもりで、また記してみたい

プロフィール

hasutama

Author:hasutama
神秘学徒hasutamaです・・なんてほんとうは、ただのおばさんです
シュタイナーの著作を読むこと、愛犬をかわいがること、音楽にかかわること、お庭仕事、友人とカフェでおしゃべりすることなどを楽しんでいます

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